2026年8月14日金曜日

現代語訳 親鸞書簡集 全43通

 今年の下鴨古本市の戦利品である。500円。発売時2,200円(2002年)。山城第一門徒会からの謹呈本であることがうかがえる挨拶文が挟んであった。ほぼ新古本に近い。

少し前のNHK100分で名著でも教行信証が取り上げられたこともあるが、かつて読んだ本を再読する過程で、司馬遼太郎のルーツも姫路の浄土真宗の家であることを知る。

本書は、親鸞が関東から帰洛した62歳から88歳頃までに、関東の信者にあてた書簡からなる。著者は皆、関西の人だろうが、私は関東に残った信者の心境で読む。

20番目の書簡に、実の長男を勘当した書簡も含まれる。親鸞が関東を離れたのち、関東に残った長男(慈信房善鸞)が虚言を繰り返し、信者を惑わしたことからの措置とある。弟子(唯円)が記したとされる歎異抄も、その混乱が引き金となって、唯円を含む数名の信者が上洛し、親鸞に直接教えを乞うたことがきっかけであることが示唆される。


2026年8月13日木曜日

遠方のPLANTにてビタリストに出会う。

 ハーフカートン。北関東価格に匹敵。6本で1058円(税別)。関東ではだいたい1本170円(ロピア)1本190円(ヨークベニマル)。ロピアよりは高いがヨークベニマルよりは安い。ヨークベニマルは東北なので。

ヨークベニマルand/orサンドの「ラジオやらせろ」をネットしているところは東北。関東でいうと日立市とつくば市。つくば市は偽ねぶたも売りにしているので完全に東北。

PLANTは、関東でいうと大規模なトライアル(TRIAL)。

2026年8月12日水曜日

アサヒのビタリストが見当たらず

 観測史上初めて茨城から上陸した台風の影響で、関西も昨日、今日は涼しい。

昨日は森嘉で豆腐を買い、妻が中島象嵌でイアリングを買い、高雄の高山寺に上った。

近隣のリカーマウンテン、組合スーパーでアサヒのビタリストを探したがなかった。エビスはリカマンで253円、組合で270円していた。関東では200円~220円の印象。

2026年8月8日土曜日

贔屓の店の変遷

 かつては、特別な日のイタリアンといえば京都・高台寺の店だったが、今では筑波山にできたかつてはヨーロッパ・アフリカの大使館で働いていた人の店だ。予約はもっぱらメールのみで電話には出ないそうだ。人によってはいつまでたっても予約がとれないようだが、幸い我が家は、妻が予約すれば必ず、さらに妻の紹介だといえばサービスの一品が振る舞われる厚遇を受けている。

京都・高台寺の店は、オーナーが東京進出し、NHKの今日の料理などにもでるようになってから京都の店は弟子に任せているらしい。東京の店にはこの春、退官した大学時代の恩師と10年以上前に行って以来だが、恩師はいつか京都の店にも行ってみると言っていたものの、もしかすると期待外れだったかもしれない。

数年前に妻が友人と京都の店に行った際に、料理の味は明らかに落ちており、ウエイター・ウエイトレスもただの気取り屋に成り下がっており、そして「パンを温めておく保温器」のようなものを導入していたとのことだった。その保温器の蓋を開けっ放しにしておくとウエイターがちょくちょく閉めに来て、しまいには「蓋は閉めてください」と言ってきたそうだ。

当時、すでにギャロップの「フレンチ」というThe Secondを制したネタはあったのかどうか知らないが、帰りがけに「パンが一番美味しかったです」って皮肉言うたったら良かったやん、と話していた。

埋め込めないみたいなので、興味のある方はこちらからどうぞ。




2026年8月5日水曜日

ケルヒャーのスチームモップを買うにつき

17年ほど使ったH2Oスチームモップに別れを告げ、ケルヒャーのスチームモップを買った。アマゾンで買ったので、プライム体験版に加入した。5ヶ月ほどのインターバルで契約できるようだ。

妻は友人との間で話題になっていた映画「国宝」を見て、私はドラマ「VIVANT」の景色だけ楽しんだ。音声はRadikoで、ここのところ会社パソコンのVPNの出口ノードが関西方面になっているので、関西方面の番組を。

以下の映画を探したがなかった。この作品で調子の良いインド人孤児の役の人が主役になった「フォトグラフ」という作品はあったが、以下の作品の印象には及ばなかった。




2026年7月28日火曜日

あの頃の「まぎまぎ」を語り継ぐのが私の使命

 盆踊りの頃には既に荷物を撤去していたものの、新店舗での開店日が発表になっていない。

私の生活に深く結びついていたのは2021年頃だが、最初の成果物としては、長男の浪人時代のデスクトップパソコンを32bitのWindows11で組んで、車で関西まで持っていったことだ。

その後、自分で64bitに再インストールしたり、Ubuntuとのデュアルブートにするなど、ステップアップの材料として活躍したマシンを組めたことが一番の思い出。




2026年7月7日火曜日

大浦食堂物語プロローグー先代か初代のメニュー「そぼろ丼」

 我が家の軽めランチの定番メニューのひとつに、そぼろ丼がある。ひき肉と卵の二色そぼろ丼というのが正式名称か?

そのメニューは、妻が自宅で母が作っていたものを覚えて引き継いだものだというのは知っていた。

妻の母(義理の母)は東京藝大で1966.4-1970.3の間、学んだので、先のラジオを聴いて、「バター丼」「大浦食堂」を知っているか聞いてみた。すると、バター丼は定かではないが、大浦食堂は知っていた。そして、そこで出していたそぼろ丼が美味しかったので、作り方を教えてもらって自分のレパートリーに加えたそうだ。

書籍の主人公である北澤さんは、ラジオでも「1960年代後半から働き、先代の娘と結婚した」とあったので、義理の母が通っていた当時も働いていただろうが、バター丼はまだ誕生していなかったかもしれない。義理の母にレシピを教えてくれたのも、先代か、その前の初代かもしれない。

それでも、客(学生)と気さくに触れ合い、レシピも気軽に教えてくれるあたりは、先代の時代からあった雰囲気で、書籍の主人公もそれを受け継いだと言えるかもしれない。

義理の母が通っていた頃は、それほどきれいな店構えではなかったので、上品なピアノ科の学生などはあまり好んで行かなかったという話も聞いたが、本の帯には声楽科の石丸幹二や寄稿者には葉加瀬太郎らもいたようであり、音楽科の学生もそれなりに通っていたことは垣間見える。