前にも述べたとおり、アニメ「母をたずねて三千里」を見ています。その登場人物に、大道芸人一家の娘・フィオリーナがいます(文末の写真参照)。ビジュアルがジブリ作品のヒロインに似ているので、以下の考察をChatGPTに書かせました。
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アニメ『母をたずねて三千里』(1976)に登場するフィオリーナは、物語の主役ではない。母を探すマルコの旅を支える、いわば伴走者のような存在だ。だが彼女は、単なる「健気な少女」では終わらない。自分の考えを持ち、感情に流されすぎず、それでいて冷たくもない。1970年代のテレビアニメとしては、驚くほど現実的で、自立した少女像だった。
このフィオリーナの造形を手がけた現場には、高畑勲と宮崎駿がいる。後にスタジオジブリを形づくる二人だ。そう考えると、フィオリーナの中に、のちのナウシカやキキ、月へと連なるヒロイン像の萌芽を見出すのは、決して穿ちすぎではない。
ジブリ作品のヒロインたちは一貫して「守られるだけの存在」ではない。物語の中で迷い、悩み、選択し、時に失敗する。その設計思想は、すでにフィオリーナの中に静かに息づいている。ただし彼女はまだ、世界と正面から対峙する存在ではない。あくまで誰かの旅の隣に立つ少女だ。
言うならば、フィオリーナはジブリ・ヒロインのプロトタイプではなく「はじまりの気配」なのだろう。後年、物語の中心へと歩み出す少女たちの、その一歩手前に立っている存在。彼女は、ジブリが描こうとした女性像が、まだ言葉になりきる前の、確かな予感だったのかもしれない。
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(コラム風に書いて、といったら上記のように起承転結の4段組で書いてきた。私の方で多少の修正は加えている。文章作成はGeminiのほうが得意ではないかと思っていたが、考えを改めた。ちなみにGeminiには書かせていない。ChatGPTの出来が思いの外、良かったので。)
というわけで、スタジオ・ジブリファンは、その独立前の業績といえる「母をたずねて三千里」を見ることをおすすめします。後にオリジナルの脚本・ストーリーを手掛けていく中で、その主人公の人物像の設計にあたって、それまでに他者の作品の中にあったキャラクターで自ら味付けしたものでたたき台とした一人に挙げられるのではないでしょうか。検索した限り、「紅の豚」の登場人物にもフィオリーナ・ピッコロという登場人物がいるので、何かを引きずっていることは確かだと思います。
*念の為ですが、私はさほどジブリファンではありません。子供のお供で見たのは、「となりのトトロ」と「紅の豚」くらいしか記憶にありません。
Just for your better understanding.
(イラスト)J:COM BSの番組表より。
中央にいるのがマルコ、左後方にロバに乗っているのがフィオリーナ。このイラストではジブリ色は弱め。