タイトルは完全に城繁幸氏のパクリです。人事関係の良質なブログですので紹介します。
若い人たちにとって「worth reading」なものを書ける自信しかない。
タイトルは完全に城繁幸氏のパクリです。人事関係の良質なブログですので紹介します。
若い人たちにとって「worth reading」なものを書ける自信しかない。
題記が試される選挙がまもなく行われます。
七夕選挙。
「ぐみん」といえば、これでしょう。つんくの声がまだありし日の姿。
今日は1996年前後のUSのヒット曲を集めてみます(告知では1998としましたが、しらべたら1996くらいだった)。ソースはFM802。今やJ-WAVEのキーマン、サッシャさんがFM802のオーディション落ちだったと聞いて、ビックリクリクリクリックリ(残念ながら、youtubeありませんでした)。
サンドのコントは奥が深い。深読みすると、男の美学みたいなのも感じ取れたらGood。
【シェアハウス】2022年パスワードの要求事項が年々厳格化されていき、最近は「シンボルを入れること」が必須になってきたりしている。
これまでaを使っていた場合に、その代替として@が覚えやすいことから使う方もいらっしゃると思うが、注意が必要な場合がある。
キーボードが日本語キーボードの場合は右上あたりのキーなのだが、英語のキーボードの場合は「Shift+2」で@が入力される。
外資系企業などで、グローバルサイトにログインする場合など、日本語キーボードが無効化されて英語キーボードの配列になるケースがまれにあり、通常の@(右上キー)で入力すると「パスワードが違います」と言われることがある。
皆様もご注意ください。
PULP
今朝のラジオ5時台で、売れない歌手を取り上げた番組があって、歌手になったきっかけが沢田研二の「勝手にしやがれ」を見たことだったといっている歌手がいた。
私も伝え聞くところでは、4歳ぐらいの時に(1977年5月21日発売なので)真似をして、帽子を投げる素振りをしていたという。残念ながらビデオは残っておらず、私の記憶にもない。
であるので、4歳ぐらいまでの映像は、本人も記憶のない頃の映像として、貴重に保管しておくとよいと思う。
気の利いたトークはこれくらいにして、長男は現在、大学3回生である。
2回生の終わりごろ、「教職の単位がとれないので、留年するかもしれない」と言っていた。そんな話(教職で留年する)など、聞いたことがない。もしかすると、就職を1年伸ばして1年間自由な時間を伸ばしたいのか?とも思った。
我々夫婦は「教職あきらめろ。専門落として留年なら退学な。働け」と言った。
その後、教職をあきらめたようでも、留年したようでもない。卒業までになんとかするのだろう。
長男は教職志望だが、大学院修士にも行くつもりでいる。「大学院は、今の家から自転車で通えるところがいい」とのたまった。普通、研究内容とか、そういうので選ぶのではないか。学歴ロンダで上位校に行くでもいい。
長男は、祖父母の家に下宿しているが、そこがとても居心地がいいらしい。であるので、逆にそれを失うことが一番、こたえる。
「お前、奈良先端大なら近大でも受かるし、3回試験あるし、3回目には受かるやろう。寮もあるし、今の家にも地下鉄と近鉄乗り継いだら帰ってこれる。トップで受かれば、給付型の奨学金もある(とは言わなかったが、我々の時代からあったことは事実)。」
勉学を怠って、自分のところの大学院、または京都市内の大学院(京大ではない。それ以外にある)に落ちると、奈良行き決定。それが今の長男には一番こたえるだろう。
奈良への都落ち確定を避けるために、今後二年間は勉学に励むことを期待したい。
注)たびたび奈良先端をディスっているように思われるかもしれないが、私の母校なので多少の無礼講は許されるだろう。
今日の動画は吉川晃司特集。昨日、東京ドームでCOMPLEXのコンサートがあったようで、ラジオはその話題でもちきり。
モニカ
近隣で残念な事故があったことがニュースとなりました。
この近辺では、救急時はメディカルセンターに行く、運ばれることが多いと思います。
メディカルセンター自体、医療事故が多いのですが、そこは今回はパスで。
うちも、子育てにおいて長男、次男それぞれ1回ずつメディカルセンターに救急でかかったことがあります。
長男の場合は、1歳になる直前頃、熱性けいれんを起こして、自家用車で運び込みました。ここ、ポイントだと思います。救急の場合、救急車で運ぶよりも自家用車で駆けつけたほうがはやいことが往々にしてあります。近所である場合など。
この時の反省点としては、メディカルセンターの夜間の入口がわかりにくくて、窓ガラス越しに「開けてくれ」という時間が結構あった気がするので、リスクマネジメントが出来ているご家庭であれば、メディカルセンターの夜間入口ぐらいは事前に確認しておいても良いと思います。
もうひとつの反省点として、熱を出した時に、冷やす場所がわるかったのではないかという点です。熱をだしても首は冷やしてはいけないそうです。その時、首を冷やしてしまっていた気がします。
次男の場合は、小1終わりから小2にかけての春、インフルエンザにかかり、タミフルかリレンザの吸入を行ったら、急に青白い顔になって呼吸をしなくなったので、救急車を呼びました。救急隊員が駆けつけて話しかけても発語がないので、これはやばいかもということでメディカルセンターに行きました。メディカルセンターでドクターが話しかけると、答えたようです。
この時、救急車呼んでも費用がかからないことには驚きました。お金はどこから出ているのか確認していませんが、健保等からも出ているのであれば、実費負担にしても良いと思いました。こっちは命に代えられないと思って呼んでいるので。
ポイントは、救急で病院に向かう場合は、自家用車で向かったほうが早い場合があるということです。リンク先のニュースのコメント欄でも触れられていました。ご参考まで。
新シリーズ2本目です。長男と次男は、私と妻から同じDNAを受け継いでいるとはいえ、その配合具合が異なるからか(祖父母の寄与度)、金銭感覚も違います。
端的に言うと、長男は金があればあるだけ使います。次男は、倹約家です。ですので、仕送りのスタンスも自ずと変わります。
現在、妻の実家に孫が二人下宿している状況ですが(普通、ありえませんね。元気な義理の父母に感謝です)、共通の生活費として義理の父母に一定額送金したうえで、
・長男には必要最低限(足が出た場合は、実費で)
・次男には毎月多めに(口座に貯金として積みあがっていく)
という状況です。次男の口座は、もしも、万が一、私に何かあった時に、すぐに動かせるお金を他にストックしておくという意味も含めて。
また、長男はバイト三昧ですが、次男は働こうとしません(笑。
いい動画があれば、またあとで貼ります。
念のため、ここはGoogleアプリのひとつです。無料でもウザい広告をカットできます。
Xでもインスタでも(Threadでも)インラインでyoutubeを再生できなくなったのは、Googleの覇権戦略の一環ではないでしょうか。
オフィスにおける社内SNS(という言い方がふさわしいかは?ですが)としては、Microsoft Teamsの一強です(Googleスカラー?も使ったことあります)。
プライべートのポータルとして、Googleは専念したほうがいいかもしれません。ただし、日本はガラパゴスなので、Yahoo Japanが強いと思います。以前、スイス人に指摘されたことがありました。「なんでYahooなんか使ってるの?Googleだろ!」と。
ということで、youtubeを引用して広告をカットして再生できる場所も残り少なくなったということで、今朝のラジオでかかっていたエコーズから3曲。
まず、Zooがかかっていたので。
これも当時はいいと思わなかったが、今聞くと裏拍子が新鮮。
昔、好きだった曲。
(私はどちらかと言うと最初の頃のファンでしたが、この頃の雰囲気も好きです。)
この春まで、厳密には昨年度まで、ロピアの向かいの中華弁当店に、次男によく似たドンガラとした(大柄の)青年が働いていて、主に接客を担当していました。私は、妻が不在の時に、よくその弁当屋に昼食や晩ごはんを買いに行っていました(ちなみに、18時以降は半額です)。浪人中、実際には次男は痩せていたので、同時期の彼とは見た目は違ったのでしょうが、その青年を観るたびに離れて暮らす次男を思い出し、元気にしているだろうかと思っていました。そんな彼も、年度が変わって見ていません。国に帰ったのでしょうか。
その彼にも、祖国に両親がいて、同じように離れて暮らす息子を思っていたのかも知れません。こうして、わたしのブログに集まってくる人も、そこに実際の出来事から抽出されて、共有できる感覚として何か共感できるものがあるからと思っております。
このブログの最大の売りは、「生々しさ」だと思っています。統計的に処理されていない、私という一個人の実情を率直に伝えることが、存在価値だと思っています。
今回、いろいろと思い出すことがあり(そういえば、長男は科学部の部長だった、とか)、もうひとつ思い出したことがあったので、記事にします。骨子だけ先に公開して、時間をかけて肉付けするという、作成過程を見せて、読者にも想像を促すという実験を試みます。
時期的に、長男もいる参加しているはずの録音。男性パートにそれらしき声があることはあります。
嫁さんが子供が小さい頃のビデオを見ていて、出てきた。男の子に対する、煽り文句。
だいたい、幼稚園までは戦隊モノ、レンジャーものに夢中になる。うちの子らは「ゴーオンジャー」世代だった。
次男はゴーオンブルーが好きだった。夏祭りのお面は、今もカラスよけとしてベランダで活躍中だ。ちなみに機関車トーマスではパーシーが好きだった。脇役が好きなのか?
妻が職場の同僚との会話で、霊の話(妻に先立たれた方がいて、妻の霊が彼の枕元に立って、「子育てにつかれているから、あっちいってくれや。」というと去って、次にいとことのところに現れた。霊感強い人は手相に×があると教えると、その人にはあった)を聞いて、公開することにしました。以下は、以前に書いていたものですが。
いろいろやらかすのが長男ばかりなので、長男ネタばかりで恐縮ですが。かれこれ1年前(2023年春)の話。
真面目に浪人生活を過ごし、見事に公立大学に合格した長男(2022年4月)。大学合格後はタガが外れたように我が出て、下宿先の祖父母を困らせた。
水商売のバイトにうつつを抜かすことも度々だった。バーテンダーのような仕事にありつけて、何も問題なければそのバイトに定着しそうな勢いだった。
そのような場合、本人にそのつもりはなくても(本職とするつもりはなくても)、何らかの理由で、例えばシフトの関係や、店長が急病などで仕事を離ればければならなくなって、その人の代わりがいない場合、その人の代役をつとめなければならず、そのバイトにどっぷりつかってしまうことがありうる。私の知人でもそっちの商売のほうが面白くなって、大学を退学した人がいる。
基本、放任主義なので、本人のやりたいようにやらせていた。当然、親として「早くやめろ」とは言うが、離れて暮らしているので、拘束力はない。
そのような折、長男は大学の部活仲間(ヨットではない)とスキーに行った。そこで膝の十字靭帯を断裂する大怪我を追った。しばらく入院し、そのバイトも辞めざるを得なくなった。
この時、私は、非科学的ではあるが、我が家の先祖か妻の家の先祖が、長男に天誅を下したと思った。膝の大怪我も、「万事塞翁が馬」と受け入れられた。膝の怪我でもしなければ、そのバイトは順調に続いただろうから。
西洋が、キリスト教という虚構の上にサイエンスや芸術を構築したことに対し、日本人はどこかで非科学的な部分に帰納することで折り合いをつけて生きることができる民族であるように思う。
何の話か忘れたが、「霊の存在を信じる」ということは昔にも書いたと思う。
また、次男が何かの課題で読書をしなければならないときに、「君たちはどう生きるか」の対案として選んだ本がこれ。
魂でもいいから、そばにいて―3・11後の霊体験を聞く― 無料お試し版 Kindle版信じるか、信じないかはあなた次第。
現時点でも、長男はまだ酒の飲み方が「汚い」ようだ。じいちゃん・ばあちゃんの元にいるので、見えなくていい部分まで見えている点はあるだろう。あまりに祖父母に心配をかけるようなら、妻の実家を出るように言っている。次に何かやらかしたら、出させるつもりでいる。
どこかで子供服捨てるに捨てられないという話を見かけたのでのエントリーです。
Xで活動している人と、昔からフリマとかやってる人(自作ホームページ、今はホームページとは言わずウェブサイトというらしい、それもだいぶ経つ)とは行動範囲が違うので、そのつなぎになればと思います。
本題に戻り、着なくなった子供服は、身内・親戚に受け取り手がいるのが一番いいですね。私の場合は種子島に弟がいるので(しかも4人の子供)、全部、そこに送りました。種子島まで送料がかかりますが。
種子島にはGAPもライトオンもないので、また、ラルフローレンやファミリアのベビー服は希少だったのではないかと思います。
次に、私はかつて、職場でもらったことがあります。でも、きょうび、なかなか職場の人とそこまで打ち解けるのは難しいでしょうか。
捨てるよりは、誰かに譲りたい。でも、ハードオフなどのリサイクル店にタダ同然で買いたたかれるのは癪だという場合、以下のバザー・フリマなどがあります。順に。
1)公立幼稚園のバザー。一昔前のつくばは裕福でない人がしぶとく生きるのに最適な場所で、この幼稚園バザーにもどこから情報を仕入れたのか隣の学区から来て張り付いている人がいました。公立幼稚園に進む場合は、そこで処分する。私立にもあるのかもしれません。
2)中央公園のフリマ。中央公園の水の広場に面したところに入っている、リサイクルセンターの方が主催しているフリマです。出品者は事前申し込みが必要です。次回は5/26みたいで今、出品者はキャンセル待ちみたいです。
3)くるくるマーケット。最近知った、震災後にできたフリマみたいです。生協系、共産系かも知れません。でも、予約も何もいらないので、うちにある竹園東中学のブレザーと土浦一高の制服は人によっては喜ばれるかもしれないので、いつか中央公園(つくいち)でやるときに飛び入り乱入しようかと思っています。
制服に関しては、リサイクルショップ(さくら?)が全国展開して、つくば近辺にもあるらしいですが、持ち込んでも売り側はハードオフと一緒でタダ同然かな、と思っています。確認したわけではありませんが。
今朝の一曲はbayfm awakeでかかっていたこの曲。Misiaファンの私がこの人を聴く時、浮気しているような気分になるのなんでだろう。
トライブ会員番号82番の私です。私のことを嫌いになっても、トライブのことを嫌いにならないでください。
この語法の意図することをようやく理解できたのは、この春、次男がある旧帝大に進学してからでした。
社会人になって、その旧帝大出身のいやなやつをいっぱい見てきましたが、彼らを一般化することなく、その大学を嫌いにならなくて良かったです。そういうことですよね?違いますか?
今日は、トライブの古い会員で、今は水戸に引っ越した方の思い出話をしたいと思います。過去にどこかで話した内容ですが、それを別の切り口から話します。
その人は、次男のママ友の一人だったのですが、ご主人はグローバル競争に生き残った民間企業にお勤めでした。
あるとき、ママ友らで連れ立って、新大久保に行き、買い物とマッチョバーに行くことになりました(主犯:うちの妻、そのDNAは長男に受け継がれている)。
10人くらいで行ってたのでしょうか。買い物が終わって、いよいよマッチョバーに行く段階になったときに、その方は「主人に心配かけるといけないから」と一人で先に帰ったそうです。それを残った悪妻たちは、後ろ姿を見ながらゲラゲラ笑っていたそうです。その後、仲間はずれにするとか、居心地悪いとかそういう訳ではなく。
水戸に引っ越した後もたまに連絡を取り、次男の同級生は確か緑丘高校(通称りょっこう、県南でいう竹園の立ち位置)に進んだと思います。
たぶん、そのトライブの会員証は水戸に持っていって捨てられたと思いますが、そういう貴重な会員証は買い取って、中古で流通するくらいの価値があると思います。
最後に、今朝のラジオから。
「情熱なくして成し遂げられた偉業はない」by ヘーゲル(ドイツの哲学者?)
最後の1曲も今朝のラジオから。
今日も良い一日を。
過去30日で読まれているランキング
「東横インつくば駅前」については、その後、他者からの報告も相次いでいるため、「下書き」にしております(非公開)。ニュース性がある時期は読んでほしいですけど、無駄にカウントを増やすことは目指していないので。
今日、日付的には昨日、読者から嬉しいコメントをいただきました。
ここ1か月の間は、「アメリカ紀行」から「子育て」にフォーカスしておりましたが、子育て関連について良いフィードバックをいただきました。ありがとうございます。手前味噌ですが、悪くない内容だと思っています。私自身、こんな情報、事前に欲しかったです。そのような内容にしております。また、たぶん、子供たち本人も忘れていることも多いのではないかと思います。
商業用にSNSを運用している人は、インスタ、X、FBそれぞれ、同じ内容で更新している人もおられると思いますが、私は、メインはここBlogger(を読んでほしい人に届いてほしい)と思っていて、Xとインスタはその呼び水、蒔き餌という位置づけです。
ですので、Xでは容赦なくブロックしたりしておりますが、ある種のルールに従ったゲームと思っていて、私の言論に希少価値または付加価値がでるのであればそれもありかな、と思っています。ここは公開しているので、文句ないでしょ、という感じで。その旨、ご無礼をお許しください。
インスタについては、裏の利用価値として妹の近況確認にも使っています。フォローも、フォローバックもしていないので妹の特定は不可能と思います(もしそれをやるような権力があるとすれば、プライバシーの侵害ではないでしょうか。過去の行為を含めて反省を促したいです)。気になることがあればガラケーから電話したり、SMS送ったりしています(コメントから足がつくこともありません)。
昨日、今日と22時ごろに寝落ちして、2時ごろに目が覚めるパターンを繰り返してしまいました。そのおかげで昨晩は(一昨晩は)井上尚弥 vs ネリ戦を見逃してしまいました。
こんな感じで深夜に書いたときは、時間指定公開などで常識的な時間に公開されるようにしていましたが、直近で海外(US)に行って時差生活を経験したりもしたので、今回はそのまま公開します。
都会的なAOR(違う?)、教えてくださった方に改めて感謝します。
つくばの沸かし湯は、一回行けばいいレベルで、他、近隣でドライブのついでに寄った温泉でおすすめできるとことを挙げていきます。
1. 大子温泉保養センター 森林の温泉
つくば市から土浦一高に通う場合、通学用自転車を買うことが多いと思います。
その際にGIANT等のアルミフレームの高級自転車はおすすめしません。一回の衝突事故等で、廃車になることが多いです。
GIANT等の高級自転車は、レース用なのでしょうか。変速が多いのも、壊れやすいです。
通学用には安い自転車のほうが頑丈です。
ただし、安い自転車でも、衝突等で車輪がまがったりすると、廃車になるケースが多いです。自転車屋が、修理を受け付けてくれません。何か事故があった場合に、責任を負えないからでしょう。
ですので、電動アシスト付き自転車が現実的かもしれませんが、男で乗るのはダサいですね。
長男は、気の強い女子(谷田部東中出身)と通学コースで競争になったりしたそうです。
ショートカットコースを通って校門前に先に到着され、仁王立ちになって威嚇されたこともあるそうです。その子も職員室にビタ付きで、現役で東大に行ったのではなかったでしょうか。中学時代は科学部で、ロボットコンテスト等でも目立つ有名人だったようです。
最後に、宣伝になりますが。
小学校時代の長男は運動音痴と言って良い存在でした。
柔道、剣道・・・、脱落。
サッカー、野球はやるまでもなく。幼稚園の年長でメガネをかけていたのもあり。
小学4年生の時に、わらをもすがる思いで掴んだのが、ヨットでした。
そんな長男は、小学校6年生の時に、運動会で応援団長をやりました。
長男の小学校の運動会は、紅組、白組で対抗するシステムで、当時、学年3クラスあったのを紅白2つに分けていました。今はクラス数増えていそうですね。
長男以外にも、応援団長をやりたかった子は多数、いたはずです。なぜ、なれたのか。
長男は4年生のときの担任とは相性がわるく、常に目の敵にされている感じでした。
長男自身も落ち着きがなく、いたずらが多く、管理するタイプの教師には嫌われたのもあるでしょう。一時は、知的障害扱いされて、ユリノキ学級の先生が観察に来たほどです。さすがにそれはやりすぎなところもあり、その担任は、次の年にはどこかに行きました。
5年生のときの担任のT野先生は、それとは逆で、長男のことを受け入れてくれました。「引継書にはこう書いてあったけど、先生はそうは思わない。〇〇は素直ないい子だと思う」。
5年生の1年間はとても楽しかったようです。5年生から6年生にあがる3月、長男は「今のクラスが楽しかった。今のクラスのままがいい。」と、周囲をはばからず、号泣していたそうです。
お前、小学校卒業は、来年やで。とは誰も突っ込まなかったのでしょうか。たしか、小学校卒業する時は、長男は泣いていなかったはずです。竹園東中学校の制服を着て、みんなと楽しそうにしていました。
今は運動会は秋のようですが(2011年、長男が3年生の時までは秋でした)、その時は春(5月末)に行われていました。ですので、学年が上がるとすぐに運動会の練習が始まっていたはずです。
応援団長を決める選挙で投票をした時、複数の立候補があった中で、長男に票が集まったのだそうです。意外にも、女子の票が多かったと聞きました。多分、5年生が終わるときの号泣シーンの印象が強く、好感を持たれたのかもしれません。
こじつけかもしれませんが、もし、長男が中学受験のプレッシャーを抱えていたとすれば、学年が変わることに対してそれほど繊細になって泣くことなどなかったかもしれません。受験が佳境に入り、それどころではなかったはずです。中学受験のプレッシャーから開放してやることで、「今」を楽しんでいてくれたのではないかと想像します。
応援団長をやりたい子がいるとすれば、何かの参考になれば幸いです。
長男5年生の時のヒット曲。2013.8.21 ON SALE!!
私にとっても、東京が平和で良いときでした。今のような生活に、巻き込まれる直前。
益子さんか、増子さん。茨城県の北部に多い名字です。栃木にも多いのかな。お笑い芸人いますね。ほか、塙(はなわ)さんとか、圷(あくつ)さんとか、県北に特徴的な名字はありますが。
もしかすると、魔死呼さんかもしれないし、真至鼓さんかもしれませんが、きりがないので。
私の行きつけの場所にしばらく(数年)いらっしゃった方です。行きつけと言っても、スナックやキャバクラではありません。
そこで見なくなって、もう、1年くらいになりますかね。どうしてるんですかね。多分、結婚はないと思うので、異動か何かだと思いますが。
特に話しかけるわけでもなく、親しくなるわけでもないんですけど、いい雰囲気で、ずっとそこにいて欲しかったな、という思いを抱いています。
当然、下の名前も知らないので、私の中で仮に「マシコタツロウコ」としておきます。
そのふりで、なんで「ハナミズキじゃないの?」って感じですけど、あのタヌキ顔の歌手が嫌いなんです。あの歌の歌詞は、曲解すればいろいろ解釈可能です。長男の悪行はいろいろあって、当時から枚挙にいとまがないが、今だに初耳の悪行が報告されることがある。
最近の子は、男の子とママが仲が良い場合が多く、何でも話す間柄のようだ(うちも、次男と妻はそんな感じだ)。その男の子が長男と悪行を共犯していた場合、その悪行を母親に共有し、そのママ友から妻の耳に入る。
今回、耳にしたのは、長男の中学時代の悪行なのだが、内容は控える。しかし、共犯者は、竹西幼稚園から一緒だった土浦一高に行った子、竹園高校に行った子らで、他にどんな子がいたのかわからないが、竹園高校に行った子に関しては、お母さんは我々よりだいぶ若く、幼稚園時代は、「若くて優しそうなママ」という印象だった。そのお母さんは、聞くところによると、その子が竹園高校に行くことに決めた時に「男のくせに竹園なんか行ってんな!」と怒ってたらしい。うちの長男は「嘘やろ。お前のお母さん、優しそうやんか。そんなこと言わんやろ。うちのママは言いそうやけど。」と言っていたらしい。
なので、この悪行も、そのお母さんの耳に入ると、きっとその子は罵られるだろう。うちの妻は、盆休みにそのことで長男を詰めるだろう。
そういえば、この間、タイヨーで見かけた。それ相応に年を重ねていた。
このGWまでの限られた時間の中で、私が思いつく最後の提案になるかもしれません。
以前、どこかで触れたかもしれませんが、私立高校の合格発表結果の伝達方法についてです。
これまで、中学校を通じて、まるでテストの返却のように伝達されていました。それが変わったという情報を聞きません。
いわゆる私立の滑り止めの受験結果です。落ちる子がゼロであれば、私も文句は言わないでしょう。しかし、実際には少ないながら、落ちる子がいるのです。
その子らが、人前で不合格を告げられて、どんなに悔しい思いをしたか、親しいママ友から妻を通じて聞きました。
私立の滑り止めですよ。基準はどこに置くべきでしょうか。公立を落ちた子の受け皿ですよ。それは、下位校の受け皿としてこそ、重要で死活問題であるべきです。
思い起こせば、私も中学を卒業して鹿児島の高校に向かう船で、島の公立高校を不合格になって鹿児島の私立高校に向かう同級生と一緒になったことを思い出します。人目をさけるように、本当は私もできることなら、気づかないふりをして話しかけないほうが良かったかもしれません。
限られたエリアでそれも不可能で、一言二言話しました。「親に恥ずかしい思いをさせた」。言葉少なく彼が語った言葉を今でも覚えています。
せめて、不合格の連絡だけでも、個別に自宅あてに出来ませんか?問題はコストですか?手間ですか?
動画は日立二高の女の子のイメージ。俺が単身赴任してた時に、コンビニでバイトしてた子は今、何歳になってんの?サワハタさん。下の名前は知らん。34歳?いい年だ。子供もいるな。
今回から、動画のサイズアップ。
昨日、タイヨーで買いました。もともとはミントを植えていた鉢ですが、渡米中に(妻は関西帰省)枯れてしまったので。尚、買い物中、素敵な奥様は見かけませんでした。
今日、山新で買いました。数年前にサントリーから発売になった新種とのことです。ペチュニア等とは異なり、枯れた花を摘む必要はないそうです。ダサいので、札は撮影後に捨てました。山新の園芸コーナーは以前の場所から移動していて、南側の離れになっています。少し、行きづらいですね。
これは、一枚目の写真の吊るしている鉢と並べている笹の葉です。風呂場の窓の目隠しです。もともとはリトミックで七夕の工作イベントに使っていた教材で、その残りを再利用しています。もう、3年くらい吊るした状態でしょうか。当時の生徒さんが「懐かしい」と言っている声が聞こえるかのようです。ざっくり、私が知る範囲での入りやすい大学院の東西横綱を挙げます。大学から大学院に進む際は、自分の大学の大学院以外にほかも受けることを勧めます。自分のところは過去問のコピーや最低、自分が受けた科目の試験を覚えていれば合格しますが(あと、英語)、教授の研究に偏った知識になる可能性があるので、その分野のGeneralな知識を得る手段としても有効かと思います。
他大学院の受験に際しては、自分の指導教授の知人であることが望ましく、その場合は事前に挨拶に行った際に、その受け入れ先から過去問のコピーや授業のノートをもらえるでしょう(ウェルカムの場合)。そのようなルートで受ける場合は、東大・京大も夢ではありません。
以下の東西横綱は、一見さんでも受かる大学院として挙げます。
東:東京工大
youtube情報によると、摂南大学からでも受かります。ただし、基礎能力としてその学問分野に関する読み書きに関する英語は必須と思います。オーラル(会話)が必要とは思われません。
私の同級生で、自分のところの大学院落ちて、院浪して次の年に合格していったやついました。
大学受験も共通テストノーカウントで数学の比重が高い(数学に関しては東大より難しい?)ので、数学が得意な層には入りやすそうですが、大学院はもっと入りやすいと思います。
西:奈良先端科学技術大学院大学
京都学園大が京都先端科学大学と名前を変えてから、にわかにFラン臭が漂い始めました。
しかも、京都に名前的に食われ気味です。京都芸術大学と京都市立芸大の関係にも似ています。
近畿大学からでも受かります。大学院大学なので、内部から上がってくる人がいないので、基本、落ちることはありません(落ちるとか、よっぽど)。過去には自分のところの大学院を落ちてから受けても拾ってもらったケースもあります。
年に3回受験の機会があるので、知人で1回目落ちて2回目で受かった人もいます。そいつ、今、都立大で教授してます。ここ、見てないことを祈ります。
とりあえずこの辺で修士までとったら、博士取りたくなったら産総研で始まった博士養成課程とか魅力的かと思います。給料もらいながらなので(普通の博士課程は無給でかつ授業料払う)。ほかの高エネ研とかでも始まるんじゃないかと期待しています。その頃、うちのバカ息子ら、帰ってこないかな。
つくば市に、市立高校の設置を求めようという動きがあることを存じ上げております。それに関して、私見を述べます。
正直、私の中には市への要望として高校設置を求めるという考えはありません。
過去に市立高校がある自治体に住んでいたことはあります。そのような場合は、県庁所在地(鹿児島市)や政令市(名古屋市)でした。ですので、人口25万人規模の市でそれをやるのは自己肥大も甚だしい、それを望む市民もクレーマー市民だと思っています。
先のエントリーを考慮し、結論から言うと「お前が潔く竹園諦めて土浦二高か牛久栄進にいけばいい話。市外といっても通学範囲。屁理屈言うな」です。
市内には、県立とはいえ中等教育学校があります。その動機は、つくば市内から土浦一高に通う子の通学の負担を軽減することにあったのではないかと考えます。他でも述べたように、つくばセンターから土浦一高までは片道10キロあり、TX開通後の研究学園エリアからはそれ以上の距離があります。
しかしながら、中等教育学校設立後も、一定数の(あるいは、少なくない数の)高校受験肯定派または土浦一高志望がいて、つくば市内の生徒が土浦一高を選択している状況かと思います。
ぶっちゃけ、つくば市内に中等教育学校ができると聞いたとき、「受験マシン層がバイパスしてくれるので、土浦一高入りやすくなる」と小躍りしました。中等教育学校の設立(により、一定数、そちらに生徒が流れること)がなければ、長男の学力では土浦一高合格はなかったでしょう。そして、何度も言いますが、ヨット部の復活はなかったでしょう。
その土浦一高も段階的に中等教育学校化がすすめられています。もしも、少なくない数の高校受験肯定派がいるとすれば、土浦一高の中等教育学校化は県民の期待にそぐわないものと言えるかもしれません。
つくば市に話を戻します。つくば市の教育委員会が高校設置前に検討すべきは、中学校給食の支給と無償化であるはずです。その順番を間違えてはいけないと思います。
職業訓練校に近い筑波大附属高の移設もあると聞いています。大学進学にこだわらない幅広い進路の選択が可能となることは喜ばしいことです。
つくば市では、いろいろなNPO法人が活動していて、その設立には市も協力・助成をおこなっています。
今回、「学校教育とyoutubeだけで東大合格を目指す会」(仮)というNPO法人の設立を有志で行う運びとなりました。
我々の時代は、地方公立校はZ会の通信教育の力を借りながら、東大を目指したものでした。今やインターネットをはじめとする技術革新はZ会にもビジネスモデルの変容をせまるほどの影響力をもっています(Z会のビジネスモデルの変容は、少子化と中高一貫教育が大きいと思いますが)。
と、ここまで尾ひれを付けたうえで、上の話がホラであることを告白します。
竹園東学区には生まれつきのDNAの馬力をもってして上記のような条件でも東大合格をする子は実際にいます。「どのyoutube見てたの?」という純粋な興味はありますが、我々のような凡人は、そのコストと「入学してから出会う友人のバラエティ・価値観・面白さ」を考慮すると、今日の受験環境では東大・京大は選択肢から外して、自然体で受かる旧帝大・中堅大(筑波大を含む)を目指す方が、大学に入ってからの出会い・生活は楽しい、という暴論を展開したいと思います。
そして、その前段階に遡り、高校受験に関してです。最近、妻のママ友から聞いた実話を参考にしています。
兄弟が二人以上いる場合は、その「差」が小さいことが家族円満の秘訣です。片方が賢すぎて、片方が出来が悪すぎると、できが悪いほうが卑屈になって自ずと和を乱すことになることは往々にしてあります。
その前提で、「土一・兄弟2枚揃える」ことは容易ではありません。ちょっと自慢したい自負があります。ママ友にも一人くらいしかいません。他に上位互換として「開成・土一」パターンもありますが。「土一・竹園」パターンは多いと思います。
ここで悲惨なのが「土一・竹園連敗」「竹園連敗」パターンです。その場合、常総・土浦日大等に進むことになると思いますが、「特待生を取れているか否か」が家庭の経済状況に大きく影響します。
特に常総の場合は、東大合格者が年に1,2名います。彼らはもともと土浦一高志望であった可能性は高いと思います。土浦一高に合格して落ちこぼれるよりも、そのような子のほうが長い目で見ると成功していると言えるのかもしれません。うちの長男も、野村塾の先生に「お前のようなやつは土一落ちて常総行ったほうが良かった」と怒られたことがます。
霞ヶ浦高校から筑波大学医学部に合格したケースもありますね。筑波大医学部に関しては、土浦二高から複数名合格した年もあったはずです。
常総、土浦日大の特待生を取れずに「土一連敗」「竹園連敗」はきついです。とくに竹園の場合は、特待生取れて落ちるケースは少ないでしょう。
特待生取れずに二人私学はきついと思います。一人年間100万円。それ以外に、スポーツの遠征費としての寄付などもあるでしょう。
ですので、前のエントリーでも言いましたが、土浦二高、牛久栄進でも大学進学は可能です。無理に竹園つっこむくらいなら、潔く土浦二高、牛久栄進にしましょう。
それができれば、「東大・京大避けて旧帝・中堅」という価値観も理解いただけるのではないかと思います。
この場面からキャストを考えてみる。
その前に、どのようなコンセプトにするのか。たとえば、ブータン王女(のようなアジアの小国の王女)が日本を観光することを通じて、ノブレス・オブリージュのもとでの満たされない思いを一時的に開放し、また何事もなかったかのように任務に戻る旅とするか。
その線で考えよう。
新聞記者:鈴木亮平
カメラマン:中村獅童
すぐに決まる。
主演は?アジアの無名女優を抜擢する?FBに候補はたくさんいる。
あえて日本から選ぶとすると。
堀田真由?永野芽郁?多少、薹が立っていても良ければ桜庭ななみに中国語でやってもらう?
「真実の口」のシーンで、女優のほうがコミカルな演技をするというふうにアレンジを加えるとすれば、長年の付き合いの縁も考慮してw、吉高由里子か?
花子とアン再来?
自分の頭の中で再生するのは自由です。想像力は、生きる活力の源。
年取ると、意識して取り組んだほうがいいと思います。
今度の仙台出張は、個人的には震災と単身赴任生活を振り返る旅にしたい。
以前、郡山に出張だったことがあったが、その際は大宮までのぼって、そこから東北新幹線で下った。仙台もその延長線上にある。
しかし、茨城だと日に3本、常磐線特急が仙台まで通っている(上りも3本)。
以前はスーパーひたち(フレッシュひたち)だったが、たしか、品川乗り入れを機に、ひたち(ときわ)に変わった(カッコ内は土浦にもとまるやつ)。
つくばから土浦までバスで行き、土浦で仙台までの乗車券だけ買って水戸へ向かう。水戸で途中下車できるのか駅員に聞いて、できればビッグカメラでも。水戸から特急ひたちで仙台まで。
水戸から仙台の間に、日立を通過する。途中下車できるのなら日立でもいい。6年近く、単身赴任していた場所。震災にあったのも、日立にいた金曜日の午後だった。
帰りは日立駅で一時下車して、ガラス張りの駅舎でコーヒーでも飲もうか。
2006年の3月から単身赴任は始まった。春が来るたびに、いつになったら自宅に帰れるだろうと思い、6回目の春を迎える頃、震災に見舞われた。
Temu Japanのツイッターアカウントが凍結されていることは何かを示唆していると思いますが。
子供の大学受験もひと段落し、最近、妻がはまっているのはTemuでの買い物である。怪しい。実に怪しい。
しかし、コツは「買い物かごに入れてから、放置」。
そうすることで、ありとあらゆるTemuからの誘い文句のメールが来て、最終的には70%以上の値引きがあるらしい。
先日など、「今まで待った甲斐がありましたね」と言ってきたという。AIによる文書作成なのかもしれないが、今度はどんな文句で買わせようとしてくるのか、メールが楽しみになるという。
今まで買ったものは、造花の花に始まり、オートディスペンスの台所洗剤入れ(センサーで反応するやつ)、台所マットが複数枚(結構、高級感あり)。
皆様も機会があればお試しください。
つくば市のコーヒー好きのために、ここである指数を提案します。
名付けて、トライブ指数。
ままとーん公認。うそ。ままとーんと言えば、TX開通前は第三者認証機関のような公的権威だった。
トライブ指数=1000X/A
A=会員番号
X=ポイントカードの枚数
だいたい、会員番号1000番の人がポイントカード1枚目の時に1になるように設定。
指数1-10:ビギナー。これからの精進を期待する。
指数10-100:緑帯。ブラックベルトまであと一歩。
指数100以上:ブラックベルト。師範。つくばのコーヒー界隈のことについて意見を提言する権利と責任を有する。
私の場合は、
12000/82=146.3もっと早い会員でも引っ越してしまった人もいる。今、何番ぐらいまでいってるのだろうか。
子育ては得てして一人目の経験が印象深く、二人目以降は惰性で流してしまったのか、あまり覚えていないことも多いです。
そういえば、七五三はふたりとも京都でやったので、オススメの写真館とかつくばにはありませんでした。参考までに、こちらでお世話になりました。
小学校では、算数の計算と、国語の漢字を覚えるためのぐんぐんテストというのをやっていると思いますが(竹西小での呼び名、変わっているかも)、うちの長男は落ちまくっていたようです(一人目であるにも関わらず、把握していないほど放置だったかも)。計算はともかく、漢字を覚えるのが苦手でした。現在のキーボード入力が主流の生活の弊害と言えるかもしれません。次男はたぶん、ちゃんと受かっていたんだろうと思います。
長男が土浦一高に合格した後、たしか江戸取に通っている小学校時代の同級生に久しぶりに会った時に、高校どこ通っているかを答えると、
「え、お前って、ぐんぐんテストよく落ちてなかった?」
と言われ、驚かれたようです。
逆に言うと、ぐんぐんテスト落ちまくるような子でも、土浦一高に合格することは可能です。入学後、苦労するかもしれませんが。
だから、あなたもあきらめないで。
長男にはフィットしたけど次男にはフィットしなかったもの、またはその逆ということであげてみたいと思います。また、ふたりとも共通して役に立った点もあげます。この場をお借りしてお礼申し上げます。
(長男にあったもの)
・野村塾(これを語らずに長男の土一合格はありえませんでした。高校1年でやめてしまいましたが、大変、お世話になりました。)
・茨城ジュニアヨットクラブ(ヨット・セーリング。長男が土一のヨット部に入らなければ、後輩のインターハイ出場、古豪復活はなかったでしょう。誰も言ってくれないので、親が言います。尚、新歓の恒例・クールポコのネタを考えたのは長男とのことです。)
・大学受験予備校A(京都。名前は伏せておきます。私が宣伝したところで誤差範囲です。ここにお世話にならなければ、長男の国公立合格はありませんでした。お世話になりました。)
・長男は、1年間だけヤマハ音楽教室に通い、あとは独学でピアノを弾けるようになりました。次男は興味を示しませんでした。
(次男にあったもの)
・つくばユナイテッド柔道(主力として期待されましたが、怪我でやめることになりました。でも、大学からまた始めています。)
・ツクバリアンズ(ラグビー、同学年に現U-20日本代表もいて、小学・中学校の間は楽しくやれました。ただ、高校で他に部員がいなかったのでさみしい思いをしました。)
・TSS(中学生。集団授業でも次男は成果をあげることができました。)
(兄弟ともに楽しめた、お世話になった)
・ほっぺんくらぶ(学研教室、先生はもう引退されたと聞いております)
・のうベル・スクール(そろばん、小学校時代。県大会・全国大会をはじめ、英語そろばんなど特殊技能がみにつきました。通学の行き帰りのゆかりの森での虫取り、ザリガニ取りもいい思い出)
・タップスイミングスクール(ふたりとも黒キャップまでいけました)
・小野塾(結局ふたりとも浪人したので成果があったかは?ですが、英語のサイドリーダーを読み込む授業は良かったのではないでしょうか。次男は国語の個別指導でお世話になりました。)
とりあえず、以上で完了です。また、何か思い出したら。
もう、だんだんネタも尽きてきました。幼稚園のママ友のこととか、ほかいろいろあるんですが、妻の部分を私の口から言うのもなんなので、この場ではやめておこうと思います。そういう意味では、これもメインには妻の担当ではありましたが。
小学校のPTAの役員決めは秋口から行うと聞いています。来年度のPTA会長、本部役員など。それを担当する選考委員が一番楽と、妻は子供一人につき1回の義務のうち、一回は選考委員(長)をやっていました。ただし、楽なのは担当者がスムーズに決まる場合です。いろいろな根回しにより、初の女性PTA会長誕生など、うまくこなしたようです。
もう一回は、広報委員(長)をやっていました。こちらも楽という触れ込みでした。また、この役のメリットは、運動会の時に「広報」の腕章をつけて、グランドの中に入って写真を撮れることです。私用のカメラで撮って、一部、本部に提出すればよい感じでした。また、学校側から子供が映っている分を(応援団などやっている場合)もらえたりしました。
PTAも廃止の方向のようなので、つくば市内もそのうち廃止になるのかもしれません。
うちのマンションのメリットは、信号を渡ることなくエキスポセンターまで行けることでした。当時、マンションポエムに「センター街区の優越」とか使うデベとかいて、物議を醸しました。
エキスポセンターには私、長男、次男で年間パスを作り、週末しょっちゅう通っていました。
施設内の展示は古びたものが多かったのですが、子どもの遊びには十分でした。プラネタリウムもたまに新作が出たときなど。「タイムマシン」という作品が好きでした。
あと、科学実験のコーナーがあり、担当講師が交代で実施していました。写真の当時は小林亜星みたいな男性と、少し色っぽい感じのお姉さんがいました。
4枚目の写真は改装する前のセンター広場ですね。大清水公園が改装されたのも2008年です。この頃(5歳~6歳前)、長男の遠視性内斜視が見つかり、メガネを掛け始めました。御茶ノ水の井上眼科に通っていました。遠視性内斜視は、それまでの定期検診ではわからないこともあり、注意が必要です。当時はわかりませんでしたが、素因は私の方にあるようです(遺伝的な原因として)。
最初は、地元の医者にかかったのですが、手術実績を増やしたい野心的な医者で手術を勧めてきたので、セカンドオピニオンで井上眼科にかかったのが最初です。その傾向は、その後も家族の他の疾患でも経験しました。
科学に対する興味や関心を育むには、この春先の研究機関の一般公開週間や、夏休みの一般公開(博士パスポート)など、ふんだんにありました。
デジタルネイティブと呼ばれる最近の子供。それは20年前にはすで始まっていたと思います。youtubeやゲームは、文字を覚える前から可能だったように思います。
ひらがなを覚えてすぐに心がけたのがローマ字入力を覚えさせることでした。適当な教材がなかったので、自分で作りました。
当時、写真として残す意識がそれほど強くなく、完全な状態で保存されていませんでした。
写真の当時、長男4歳、次男2歳なので、手書きのローマ字入力は長男向けと思います。
ちなみに、次男のひらがな・カタカナは長男がほとんど教えてくれていたことを覚えています。この頃、完全ではないものの、ある程度読めていたような気がします。
*追記:現物を残してました。「ヤマハプリント倶楽部」でもよく楽譜(パスワードつきPDF)を買って、シール印刷して段ボールに貼ってた。
もう一度、英語を勉強してみようかとキュートの本屋を訪ねた。NHKラジオ講座のテキストは、TSUTAYAよりもこっちのほうが充実している。
ラジオビジネス英語については、4月号と5月号が山積みされていた。たぶん、半期ごとのテキストで10月にも使えるだろうと思い、4月号から買うことにした。そこで、ローマの休日を扱った記事を見つけた。
このとき、オードリーは無名だった。デビュー作かはわからない。それもそうだろう。発する英語の発声は貴族(王女)とは呼び難く、演技もそれほどうまくはなかったのだろう。
私が前回のエントリーで直接的な表現をためらったのは、この作品でのオードリーは、ブラウスのシーンでは乳首の突起がうっすら分かることだ。ノーブラだったのかはわからない。そういう時代だったのか、外人はあまり気にしないのか。
最近、エロ本化が目立つフェイスブックやインスタグラムのリール記事やストーリーにも、若い子がノーブラで乳首のかたちを露わにした投稿が目立つ。私の中では「ローマの休日」現象と呼んでいる。因果関係はないだろうが。