2016年8月25日木曜日

石上、花を栽える。

石上栽花後、生涯自是春(貞和集)
読み:石ノ上ニ花ヲ栽(う)エテ後(のち)、生涯自(おのずか)ラ是(これ)春
意:それは、石の上に花を植えるようなものだ。ただし、根がついてしまえば、生涯春のようなものだ(街道をゆく34)。
(以下、私なりの理解。本来の意味からはずれるかも)
普通、石の上に花(植物)を植えることなど出来ない。しかし、それを植えようとするのが精神的鍛錬というものであり、現に、植わってしまうことがある。

一方で、花はこちらにそれを美しいと思う心がなければ、何の価値もない。自分の庭に植えても、自分がそれを美しいと思う心が枯れてしまったら、または花そのものが枯れてしまっては意味がない。

花が根を張り、自分のそれを愛でる心が枯れなければ、生涯、春のようなものだろう。




2016年8月21日日曜日

運とか、霊とか。

お盆の帰省中に、車のタイヤ2本が連続してパンクするというアクシデントに見舞われました。

地元のヤンキーに狙われて悪戯されたとかではなく(地域によってはあり得る話ですが)、片方は釘踏み、もう片方はクラックから裂けたものでした。

まだ1年半しか乗っていないので、クラックは敷いてあった鉄板を踏みながらハンドルを切ってしまって、その後、経時的に劣化したか、あるいは単に不良品のタイヤに当たってしまったかでしょう。

ここで、何かの霊的なものを感じたのが、釘踏みでパンクしたタイヤを交換した直後に走行している際に、別のタイヤが(クラックが原因で)パンクしてしまったことです。

皆さんは霊とか運命とか信じますか?

この状況では何かそのようなものを感じざるを得ず、ちょうど高速道路に乗ろうとする直前だったので「乗る前に起こって良かった」という思いを禁じざるを得ませんでした。高速走行中にタイヤがバーストして事故でも起こしてしまったら、というより悪い状況との比較の上でです。

普段、私はどちらかというと「洗車マニア」的な性格で、週末は必ず洗車場かマンションの洗車スペースで車を洗う事を常としています。

しかし、このような状況に遭遇して再確認することは、「車は安全に走行することが第一」であるということです。実は連続してパンクしたあとに、狭い路地でホイールにガリ傷をつけてしまったのですが、このような状況に見舞われた直後なので大目に見ることが出来ました。

タイヤは、2本ともパンクした位置が悪く修理不能で、交換せざるを得ませんでした。グッドイヤーのランフラットタイヤ(パンクしても100kmくらい走行できるというタイヤ)からダンロップのノーマルタイヤに換えましたが、乗り心地は良くなりました。あと、燃費も少しだけ良くなりました。






2016年8月16日火曜日

制度と自然

興味深いデータがあった。出典はこちら。今後、日本は欧米化して婚外子が増えるのか。それとも、現状のまま留まるのか。

今の日本は、戦前よりも婚姻制度を厳格に運用している印象がある。若衆制度や夜這いなどがあった時代には、生物学的な親と戸籍上の親が異なることは珍しくない話だったという(理由は適当に調べて)。婚姻制度(一夫一婦制)は、社会の秩序を守るための制度として、人間の本能を制御する面がある。一方で、子どもの養育に責任を持たせる拘束力もあるかも知れない。

一方、少数派の意見だが、「結婚は諦めたけど子どもは欲しい」という意見も聞く。身近な事例として、事実婚を選び、入籍せぬまま出産・子育てを行っているケースも知っている。彼女は欧米に留学経験があったが、それはまるで、法規制の煩わしさを回避した自由(自然)の追求のようにも受け取れる。

制度が後押しして、女性の生き方が変わるのか。それとも、女性の生き方が変わることで社会保障制度がそれをサポートするように変わっていくのか。


ブライダルチェック

最近は「ブライダルチェック」なる言葉もあるようだ。結婚式場や結納品の下見のことではない。女性の場合は、特に結婚前のチェックという理由でなくても、体調不良から婦人科にかかるなどして婚前に無排卵症であることがわかる場合も多いと思うが、その場合はパートナーに告げるのだろうか。それとも告げないままに一緒になるのだろうか。ブライダルチェックにより、キャンセルされる結婚も中には存在するのだろうか。

ある広告記事によると、日本では6組に1組の割合(16.6%)で不妊症に悩んでいるという。別の情報では100人に1人の割合で男性不妊症があり、また10人に1人の割合で女性が無排卵症であるという。

だとすると、双方に問題はないものの、何故か相性が悪くて妊娠できないケースが16.6-1(男性不妊症の割合)-10(無排卵症の割合)=5.6%あることになる。我々が一般に耳にする不妊治療の苦労話はこの5.6%に関するものがほとんどである。もしかすると、この5.6%にもまだ同定されていない何らかの理由があって(免疫学的理由やその他の理由)、将来的にはそれが解明されるのかも知れない。

つまり、現状はブライダルチェックを経ても、上述のように5.6%の割合で(単純計算で20組に1組の割合で)不妊症に悩む可能性は残される。




2016年8月14日日曜日

孫の教育

子供たちが小学4年生までは、毎月送られてくる教材の採点など、私自ら子供の勉強を見ることもあったが、小学5年生以降はその採点も子供自身にやらせており、子供の勉強を見ることはなくなった。

中学に入り、成績が芳しくない場合などは教えてやろうかと思わないでもないが、今のところ教えていない。親が子供に自ら教えると、子供は反抗して親子げんかになり、期待される結果が得られないことは多いらしい。

親として子供に教えるべきことは、勉強の具体的な内容よりも、もっと理念的な、人生の楽しさとか素晴らしさであるべきであるという思いもある。それが出来ているかどうかは分からない。

一方で、この夏休みもそうだが、長期の休みに帰省すると長男は義理の父(妻の父)に勉強を教えてもらっている。義理の父は現役時代は高校の英語教師で、定年後も近所の大学に推薦入学が決まった生徒たちの入学までの補講を手伝ったり、教員仲間の方と共同で参考書を出版したりしていた。

そんな義理の父も、実の子(妻とその弟)には自ら教えることはなかったそうだ。現役時代は時間がなかったかも知れない。子供に対しては自主性を求めながらも、孫に対しては手取り足取り教えようとするのは、その時点での時間的な余裕に加え、人生に残された時間を考慮した際にそのような心境になるのかも知れない。

今、敢えて子供の勉強に対して自ら手を差し伸べることをしていない私も、孫ができれば熱心に教えるようになるのかもしれない。

2016年8月6日土曜日

コストとリスク

我が家には二人の息子がいる。

長男は幼稚園のころに遠視であることがわかって、その頃から眼鏡をかけている。眼鏡はだいたい4,5万円する。今度、通算4つ目の眼鏡を作る。

次男は、怪我が堪えない。幼稚園から小学校2年生まで柔道をやっていた。小1の冬休みと小2の夏休みに半年くらい開けて2回、鎖骨を折った。小3からラグビーに転向したが、首に負担がかかっているようだ。先日、カイロプラクティックに通ったら、頚椎の4番がずれていた。それを直すと、慢性的な頭痛が治った。

生活の質を保つ上で、長男の眼鏡は欠かせない。一方、次男もラグビーをやめれば首がゆがむ事は無く、頭痛やもっと大きな怪我に悩まされる事もないのだろうが、それがない人生はきっとつまらないだろう。

人生には人それぞれ何らかの余計なコストがかかる一方で、リスクをとって何か行動をおこさないと満足のいく時間は過ごせない。当たり前のことだが、それを再確認した。わたしにとってのコストとリスクとは何だろう。