2016年1月27日水曜日

街やモノの移ろい



次男が生まれる前、里帰り出産するまでの定期的な健診に訪れていた産婦人科は数年前に分娩をやめてしまった。その近くに、老健施設を併設したペインクリニックが開業した。聞くところによると5年前の開業とのことだ。今回、持病の首が悪化した妻をそこへ連れて行った。

20年ほど前、大学生の頃、同じ部活の医学部の同期が診療科を選ぶ際に、「麻酔科は暇だ」というような話も聞いた。当時、それが理由で麻酔科を選ぶドクターはいなかっただろうが、今や大学病院をはじめとする大病院に勤めた後で、開業を検討する際に採算が見込める診療科の一つが麻酔科(ペインクリニックとして開業)ではないだろうか。うちの近所に開業したペインクリニックも、かつてがんセンターの麻酔科長を務めた人だという。

がんの疼痛や高齢者の関節痛(変形性関節症)などのニーズから、ペインコントロールの重要性が高まってくることは予想されていたが、実際にフィールドにおいてもそれが確認できるようになってきたということだろう。薬自体は古い薬でも、投与方法(インフュージョンポンプを体に埋め込む医療機器)や投与部位(星状神経節ブロック)が進化することで新しい治療法が確立されていることも知られている。

帰りがけに、その近くにある古びたショッピングモールに寄った。つくばエクスプレスが開通する前からある小じんまりとしたモールだが、空きテナント(スペース)が目立つ。我々がそこを訪れるのも、おそらく震災後に水を買いに来て以来だろう。駅周辺や高速のインター近くに新しい店舗が出来て、古くからある店がバタバタ潰れていく姿はこれまでも見て来た。店主のこだわりで無くなった商品もあった。スフレ、メープルシロップのラウンドパン・・・

妻が処方された薬の中に、かつて勤務した会社の収益を支えた製品のジェネリックがあった。私が在籍した頃にその効能追加の評価を行っていたが、それから既に15年は経っているのでジェネリックも出ていて不思議はないのだろう。そして私が学生時代に学び、最初にビジネスとしてかかわった分野は間違いなくレガシー産業化していく。私が仕事で中国を頻繁に訪れるようになったこともその一端なのだろう。

2016年1月12日火曜日

年賀状

年賀状のやり取りもほぼ落ち着いた頃でしょうか。

我が家は毎年、富士フィルムのパンフレットから型番を選んで注文する(写真を埋め込むタイプの)年賀状を送らせていただいております。自分でパソコンで作った方が安上がりだと思いますが(レイアウトする手間を考えるとそうでもないかも知れませんが)、保存を考慮するとあの分厚いコーティング仕様のほうが長持ちするのではないかということでずっと注文しています。毎年、少なくとも1枚は宛名を書かない年賀状を自分達の保存用にとっております。

今年からネット注文(店舗受取り)に変えたので多少安くはなりました。かつ、ハガキ裏面と同一の電子ファイルも入手できるようになりました。そちらの有効利用も考えていますが(例えばハガキで送っていた分を一部そちらに置き換えるなど)、まだ必要に迫られてはおりません。

結婚してから仕事の面でしんどかった時期も 2、3度ありましたが、年賀状だけは何事も無かったように家族4人で写真に納まってきました。肉親や親戚、恩師や旧友らには心配をかけまいというやせ我慢と、少しの意地みたいなものでしょうか。

年賀状の交換だけでかろうじてつきあいが続いている、というケースがあります。私の場合は、年賀状を送る相手はそのような相手がほとんどです。遠方の親戚や過去にお世話になった人や付き合いのあった友人など。

そのような年賀状だけのつきあいも、だんだんとドロップアウトしてしまうケースがあります。早くは20代に、大学院時代の友人で学位は取得したものの希望に適う職に就けずに行方不明になった友人たち。そして今年、ついに大学時代からのある友人の年賀状が途絶えてしまいました。

彼は、大学の同じ学部で同じ部活の友人でありましたが、彼が九州に転勤になって以来、年賀状を交わすだけの付きあいとなっていました。毎年、その年(前年)に流行したものをネタにした面白い年賀状を送ってくれていたのですが、今年はまだ届いておりません。喪中ハガキも受け取っていないので何か変化があったのではないかと気になっています。年齢的にもリストラや子会社転属などがぼちぼち身の回りにも見られる時期にさしかかっていることもあるので。

ひとつ気にしているのが、年賀状がある種のストレステストになってしまう点です。特に学生時代の友人に対しては、同じように人生のステージを進んでいる場合は気になりませんが、結婚や子どもの誕生など双方で一致していない場合、「差が開いている」と感じる面もあるのではないかと懸念しています。











2016年1月9日土曜日

鯛の神経抜き(神経締め)

今日の夕食は家族で近所のホテルに入っているフレンチへ。そのレストランはここ1、2年の間にシェフが変わったそうで、その後、手ごろな値段で美味しい料理が楽しめると評判が高い。

コース料理の一品として鯛のソテーが振舞われた。その時、料理を運んできたソムリエの説明では、「この鯛は九州・天草で揚がった鯛で、神経抜きという技法で鮮度を保って出荷されています」とのこと。この「神経抜き」とは、生きたまま水揚げされた後で魚を締める際に、脊髄に針金のようなワイヤーを通して脊髄を破壊することで死後硬直を遅らせ、鮮度をより長く保つことができる魚の締め方だそうだ。

この技法(後で調べると「神経締め」とも言うらしい)は日本発祥で、兵庫県の明石でいち早く取り入れられたという。妻もテレビで見たことがあるそうだ。

この話を聞いて、私は過去に経験したある動物実験の手法を思い出した。かれこれ15年近く前になるが、脊髄破壊ラットというネズミを使った実験をやっていたことがあった。中枢神経系の影響を排除する為、ラット(ネズミの一種で200g~400gの大きさでマウス、いわゆるハツカネズミの10倍くらいの大きさ)の脊髄の中に同じように金属の棒を通して脊髄機能を破壊(麻痺)させて、人工呼吸器下で薬の効果を評価する実験をやっていた。その時は、本来は粉を計るのに用いるスパーテルという鉄の棒の先を尖らせて、麻酔で眠らせたラットの眼窩(頭骸骨の目の所のくぼみ)からその棒を脊髄の中に通していた。そんな実験を4年ほどやっていただろうか。

この脊髄に針金を通す技法を英語でpith(脊髄穿刺する、脊髄破壊する)という。上記のネズミは"pithed rat"と呼ばれる。よって、神経抜き(神経締め)された魚を外国人に説明する際には、英語では"pithed fish"と呼べば適切に伝わるだろうか。

そして、さらに考えが及んだのが、どうやって漁師がその技法を取り入れたのだろうかということだ。もともと血抜きや温度管理などで鮮度を保つ工夫は行なっていただろうが、いつ、どのようにしてこの技法の発明に至ったのか。

神経系の専門知識や生物の死後の変化に関する専門知識のない、一般の漁師が試行錯誤でこのような技法の発明に繋がるだろうか。それは考えにくいのではないだろうか。一方、水産大学でそのような研究をされている方もいるのだろうか。それも考えにくいのではないかと思う。可能性のひとつとして、釣り好きの医学系の研究者がなじみの釣り船の漁師に教えてそれが試されて広まったということは無いだろうか。あくまでも私の経験をつなげた空想の域を出ないが。

もしこの技法が、魚の締め方に進化をもたらしたブレークスルーであったとして、それが本来、漁業とまったく異なる分野の専門知識が取り込まれて発明に至ったのだとすればとても画期的なことだ。そして、それが人間同士の触れ合いによるノウハウの伝授であったとすれば、尚、素晴らしい。




2016年1月1日金曜日

一年の計

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

今日は午後一番に初詣に出かけました。京都は昨晩、にわか雨に見舞われましたが、元日は暖かな日に恵まれました。我が家は初詣は上賀茂神社に決めています。結婚以来、他の神社に行ったのは1回だけで、その年があまりよい年ではなかったのでそれ以来、他の神社には初詣としては行かなくなりました。

年末年始の京都も中国人観光客が目立ちます(ただし初詣の神社ではそうでもありませんでした)。鹿児島をはじめ地方も中国からの観光客に頼らざるを得ない状況のようです。製造業では2008年頃には「チャイナ・プラス・ワン」といって中国リスクに備える(中国からの避難先となる次の国をさがす。ベトナムが注目されていました)動きはありましたが、逆に国内消費がここまで中国に依存するようになることを当時、誰が予測したでしょうか。

日立系列にいた頃、通信教育を補助する制度があり、英語、財務関係、そして中国語に関する講座については無事に講座を修了すると受講後に全額補助されていました。中国語は当時、製造拠点としての重要性から新たに補助対象に追加されたところでした。当時、私も英語と財務関係は一つずつくらい受講した覚えがあります。

近日中に中国語の入門講座を受講する予定ですが(受講者が少ない場合は開講されない場合あり)、こんなことなら日立系列にいた頃に中国語もいくつか受講しておけばよかったという気もしない訳ではありません。しかし、こればかりは必要性がないと習得する気にはならないので、それを言っても仕方がないのでしょう。

今のところ、出張で現地を訪れた時に多少得るものが多くなればという気持ちですが、日本国内にいても何か活かせる場面があればと思います。とりあえずは中国語習得を切り口に視野を広げられればというのが2016年年初の抱負です。