2015年5月30日土曜日

運動会

今日は、次男が通う小学校の運動会だった。

運動会の楽しみは、子供の姿を見ることのほかに、知り合いのご父兄とお会いする事もそのひとつである。この地区の中学校の運動会は平日開催で父兄がほとんど見に来ないこともあり、 また父親は入学式および卒業式には出席しないことを望む我が家では(妻の意向)、私にとってその機会は今回を含めてあと2回だけとなった。今年、すでに長男の代のご父兄で下の子がいない方々とはお会いする事が出来ず、少し寂しい思いをした。 そして、来年はついに最後の機会となる。

うちの子が通う小学校では、従来、9月末に運動会が行なわれていたが、震災のあった2011年から今の時期の開催となった。そして、その年の運動会のあとの6月に、ずっと闘病中でその年の運動会には参加できなかったお子さんが病のため亡くなる不幸があった。たまたま、前に住んでいたマンションで旧知だったこともあり、わが身につまされる思いだった。それ故、この時期の運動会には、一年の無事を感謝する意味合いも強い。そのようになってからもう4年が経過した。

運動会と関係ないが、東京で仕事を通じて知り合った方の甥っ子さんが、うちの息子と同い年で隣の学区に通っていることを知った。将来、同じ学校に通う可能性もゼロではない。「○○さんのお子さん、いい子みたいよ。」という日が来る事を願う。ここのところ、ブログに書いたいろんな願い事がかなっているような気がするので、敢えて書く。

2015年5月24日日曜日

土になる努力

「風のように生きる」と題して、足掛け9年書き続けてきました。時に、子供に対する粗削りで不器用な愛情が共感を呼び、時に、ただひたすらに応援する見返りを求めない愛が感動を呼んできたのではないかと分析しておりますが・・・(笑。

「風の人、土の人」というタイプ分類があるのを知ったのは、確か現・朝ドラ関係のブログだったかと思います。それまで知りませんでしたが、私が知らずに使っていた「風のように」というのもニュアンスとしては同じでした。

そんな私が今、心がけているのが、いわば「土になる努力」ではないかと思います。一例としては長男のヨット。月に2回、霞ヶ浦に浮かんですごす生活ももうまる2年が過ぎました。そして、これからあと2年は続く見込みです。高校受験を経て、高校で部活として続ける場合は もう親のサポートは必要なくなります。

息子たちにとっては、今、住む場所がふるさとになります。長男にとっては霞ヶ浦の水が、次男にとってはラグビー場の芝が、故郷の景色の一つとなることでしょう。風のように生きることを良しとしてきた自分も、子供の人生を中心に考えると、無意識のうちに土になる努力をしていたことに気づきました。

2015年5月18日月曜日

5月の晴れた空の色


新幹線の窓から立山連山にまだ雪が残っているのが見えたので、東京よりはまだ少し涼しいかと思ったが、かの地に降り立ってみるとスーツ姿にはそれほどでもなかった。あるいは東京は今日も汗ばむ夏日だったのだろうか。

仕事が終わった後の余談で、「この辺りはかつて大阪の商業圏だったのだが、このところ東京との結びつきがますます強くなっている。北陸新幹線の開通はそれに拍車をかけそうだ」という話をうかがった。昨日の大阪都構想に関する住民投票が僅差の反対多数に終わったばかりだが、仮に大阪市を解体して大阪府を救済しても、大阪を中心とする関西経済圏の衰退を果たして止められたかというと、見通しとしては依然、厳しいのかもしれない。因果関係でいえば、関西経済が順調で自治体の税収が滑沢であれば、今回の大阪都構想も検討する必要性がなかった筈だろうから。経済に力なくして政治は無力、といったところだろうか。

JAL再建の際に、伊丹発着の種子島行の定期便が不採算路線の一つとして廃止になったのが何年前だったか記憶が定かでないが、同じく伊丹発着の屋久島行の定期便が今も運行されているというのを最近知った(種子島便も盆・正月の臨時便としては今もある)。当方としては両路線とも廃止されたものとばかり思っていたので、ずっと運行されたままだったのか、或いは再建の見通しが立って復活したのかどちらだろうと思い、もしかすると種子島便も復活したかと期待して路線検索したがあいにく「その路線は存在しません」といったニュアンスのメッセージが。

そのような状況にありながらも、あるテレビ番組で「人気上昇中の離島観光地」として種子島が第2位だった(くりーむしちゅーが司会してるやつ)。1位は沖縄の聞いたことのない島。どういう算出方法をしたのか気になるところだが、それはさておき番組をきっかけに観光客が増えるのであれば地元としてはありがたいことだろう。現時点では、仮に伊丹発の路線があったとしても、旅行としては九州新幹線で鹿児島まで行き、鹿児島から高速船で行くほうがお勧めではないだろうか。位置づけとしては鹿児島観光のオプションツアーとして。種子島自体は1泊もすれば十分で2泊もするとかえって暇を持て余すかもしれない(マリンスポーツをやらない場合は尚)。

余談だが、高速船は当初、1社のみでの運航であったが、いつの頃からか全九州に展開して財をなした地元のタクシー会社が参入し、今では2社で価格競争ありの状況下で両社運航しているようだ。その高速船の船着き場も、便数が増えたからか、昔、フェリーが発着していた場所に戻されて、ある意味で「種子・屋久桟橋」は復活した。