年度末。週が開ければ、その半ばに年度が変わる。
大きな変化として、就職する長男が扶養を外れる。すでに源泉徴収上は外れているが、保険証から外す手続きをする。自分が親の扶養から外れるときは何も意識しなかったが、我が子が外れる瞬間を思うと、これまで過ごしてきた日々が懐かしく思い出される。
(本題を外れる豆知識として、子供のバイト代が扶養の範囲を外れた場合にも、年末調整で扶養から外す必要はあるが、健康保険は継続的な収入の上昇ではなく一過性である場合、扶養から外す必要はない。)
年度が変わるタイミングである一方で、私がLinuxを熱心に使い始めてからおよそ1年が過ぎた。プライベートではほとんどWindowsを使うことなく過ごした。特に支障はなかった。今後もマイナンバーを使うとき以外は必要ないかもしれず、それもスマホで済ますかもしれない。
(京都の寺社仏閣とは違い)築地本願寺は拝観料がいらないので、近くを訪れた際には必ず参るようにしている。「親鸞聖人御誕生850年立教開宗800年」の記念の御札は今も配布されていて、建造物は日本寺院ではなく古代インド・イスラム仏教様式のコンクリート建築だ。創建から90年が経過し、目下進行中の改修工事の進捗がA5パンフレットで配られている。現時点では2冊目が配布されているようだ。ちなみに使用されている石材はかつて滞在した茨城の稲田石ではなく、岡山県の石材であることを館内の掲示板で知った。
御誕生850年にあたる年(2023年)と立教開宗800年にあたる年(2024年)は異なるので、立教開宗したのは51歳のときという計算になる。なお、大した医療もなかった当時、90歳まで往生したことは以前にも触れたが、厳密には数え年での90歳だったこともそのパンフレットからわかった。
かつては、Youtubeをダウンロードするためのフリーソフトをインストールしようとして、関係ないリンクから関係ないソフトをついでにインストールさせられることもしばしばあった気がするが、Linuxでyt-dlpを使うようになってそのようなこともなくなった。動画の切り出しもffmpegでできて、OSディスクのクローンもddrescueでできるので、Windowsの世界で有料のものは技術的な使用料のために有料になっているのではなく、提供者の金儲けのために有料になっていることもうかがえる。
50歳からなにか新しいことを始めるのは難しい気もするが、私の場合はAIの普及の一環としてLinuxに出会うことができて、それはいろいろな条件が重なったこともあり(ジャンクパーツを容易に入手できるなど)幸運だったと思う。そして、これが何か人生で大切なことを示唆していると思わせるのが、基本的には売られていないということだ。
新聞、テレビ、ラジオなどの情報の入手先を過度な広告やマルウェアから開放された空間から取り入れるのは、同じ場所に居ながらにして世界の見え方が変わるようで心地よく、このLinux Distrosを生活基盤として毎日を送っていく、折り返し地点を過ぎたこれからの人生を歩んでいくとすれば、また新たな境地にたどり着けるような気がしている。
*デスクトップパソコンであれば、WindowsとLinuxを別のSSDに(UEFIで)インストールし、LinuxのEFI boot managerで認識させて、起動時に選ぶようにすれば、同じハードウェアでモードを選ぶ感覚でWindowsとLinuxを切り替えられる。こうすることで、ひとつのディスクを分割してデュアル(マルチ)ブートにする際にインストールに失敗してしまうリスクを減らすこともできることを先日知った。
築地本願寺で配布されている楕円形の御札と、似たような形状で一回り小さく薄い御札が比叡山にもあり、30代からお守り代わりに財布に入れて持っていたが傷んだのでどこかにしまった。ひとつの儀式として、今後は築地本願寺で手に入れた御札をお守り代わりにこれからの毎日を過ごしていこうと思っている。
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