2026年7月28日火曜日

あの頃の「まぎまぎ」を語り継ぐのが私の使命

 盆踊りの頃には既に荷物を撤去していたものの、新店舗での開店日が発表になっていない。

私の生活に深く結びついていたのは2021年頃だが、最初の成果物としては、長男の浪人時代のデスクトップパソコンを32bitのWindows11で組んで、車で関西まで持っていったことだ。

その後、自分で64bitに再インストールしたり、Ubuntuとのデュアルブートにするなど、ステップアップの材料として活躍したマシンを組めたことが一番の思い出。




2026年7月7日火曜日

大浦食堂物語プロローグー先代か初代のメニュー「そぼろ丼」

 我が家の軽めランチの定番メニューのひとつに、そぼろ丼がある。ひき肉と卵の二色そぼろ丼というのが正式名称か?

そのメニューは、妻が自宅で母が作っていたものを覚えて引き継いだものだというのは知っていた。

妻の母(義理の母)は東京藝大で1966.4-1970.3の間、学んだので、先のラジオを聴いて、「バター丼」「大浦食堂」を知っているか聞いてみた。すると、バター丼は定かではないが、大浦食堂は知っていた。そして、そこで出していたそぼろ丼が美味しかったので、作り方を教えてもらって自分のレパートリーに加えたそうだ。

書籍の主人公である北澤さんは、ラジオでも「1960年代後半から働き、先代の娘と結婚した」とあったので、義理の母が通っていた当時も働いていただろうが、バター丼はまだ誕生していなかったかもしれない。義理の母にレシピを教えてくれたのも、先代か、その前の初代かもしれない。

それでも、客(学生)と気さくに触れ合い、レシピも気軽に教えてくれるあたりは、先代の時代からあった雰囲気で、書籍の主人公もそれを受け継いだと言えるかもしれない。

義理の母が通っていた頃は、それほどきれいな店構えではなかったので、上品なピアノ科の学生などはあまり好んで行かなかったという話も聞いたが、本の帯には声楽科の石丸幹二や寄稿者には葉加瀬太郎らもいたようであり、音楽科の学生もそれなりに通っていたことは垣間見える。

2026年7月6日月曜日

大浦食堂物語に関する、プロローグとエピローグ

 その1

(中略)
その2
風呂入っているときに、防災ラジオから流れてきた上記の話に対して、わたしの身の回りで肉つけしたいと思います。

スカイツリーができてから、ラジオの入りが良くなった気がします。
古いラジオは高周波側(90MHz以上)が入りませんので、最近AM→FMをすすめているTBSラジオ、文化放送、ニッポン放送は入りませんのでご注意を。

とりあえずは、下鴨古本市(8/11-16)で探してから。アマゾンにありますが、リンクは省略します。



2026年7月4日土曜日

夏の足音

 例年であれば、2日ほどの滞在でどこかへ行っていたはずのムクドリの群れが、今年は1週間を越えようかとしている。欧州やUSは熱波に襲われていると聞くが、日本は今のところ冷夏の様相だ。その影響だろうかと思い始めた。

夕方になるとどこからともなく戻ってくるムクドリが、今日はまだ戻ってこない。帰りを待つのも不思議な感覚だが、もしかすると梅雨が開けて、例年通りの夏が近づいているのかもしれない。ムクドリは梅雨とともに訪れて、夏の到来とともに去っていくという仮説を提唱できるかもしれない。

アメリカの独立記念日にあわせてテイラー・スイフトがNYでの結婚式を企画し、NYTを通じて太平洋の向こうの様子に耳を傾けている。社会民主主義者のマムダニ市長もファンであることを公言し、お気に入りの12曲を公表したが、SNS(Bluesky)では熱波に対する注意喚起に専念している。

久しぶりにテイラー・スイフトを聴こうとして、アマゾン・ミュージックを開いたが、検索した曲に対して関係ない曲もプレイリストにして再生するので、まるで常総市のケーキ屋だなと思ったりもした。仕方なくいつもどおりyoutubeを開いた。そういえばアメフト経験者のアナウンサーも、Hulu他のサブスクを解約して、youtubeプレミアムを愛用していると言っていた。広告が邪魔だからと言っていた気がするが、それだけならBraveブラウザ(Brave Origin)がおすすめである。