2021年11月28日日曜日

海運の延長で見た、タイタニック号沈没事件(本日の大河ドラマ + α)

 大河ドラマ「青天を衝け」における、海運をめぐる岩崎弥太郎と渋沢栄一の競争に関して。

五代友厚が亡くなる年(1885年、享年49、糖尿病だったという)に、両社が合意し、合併?したのかな。外資に食い物にされることなく、内資の海運会社が生き残ったような終わり方だった。

それからはるか時代は下り、1912年4月15日、タイタニック号の沈没が起こった。

これに関しては、映画の公開が1997年で(手元に2巻組のVHSがある)、2006年には3枚組DVDセットが発売された。

知らなかったが、映画の公開に先立つ1996年に「(邦題)タイタニックは沈められた」という翻訳本が出ていた(集英社)。数日前、古本屋で入手した。原題は「The Riddle of the Titanic」で、どれくらい前に発行されたのかは分からない。

その本によると、タイタニック号は、姉妹船「オリンピック号」とすり替えられて、保険金目当てであえて沈没させたのではないか、という疑惑について書かれてある。オリンピック号は1911年9月20日、イギリスの軍艦ホークと衝突事故を起こし、巨額の損失を出していたという。

タイタニック号は、その傷物となったオリンピック号にすり替わり、その後、無事に?運行された一方で、傷物となったオリンピック号がタイタニック号として沈没したというものだ。

ちなみに、乗客乗員2,200名のうち、700名が救出された。映画の印象では、もっと多くが(ほとんどの乗客が)亡くなった感があった。

皮肉にも、2006年に発売されたDVD(30万セット限定生産)の帯に「あなたはまだ、本当のタイタニックを知らない。」とある。これは、上記の疑惑を踏まえたうえでの記述なのかと訝しがりたくなる。

どこかで、オリンピック号は保険が十分でなかったため、巨額の損失を出した、という記載を見た気もする。その点、岩崎弥太郎の海運業が保険に抜かりがなかったのは、遡れば坂本龍馬がいろは丸沈没事件で紀伊藩からふんだくった事例が伏線としてあることは十分に想像できる。

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