久しく小説を読んでいませんでした。
年齢的に感性が鈍っているのか、小説に求めるものが無くなっていたのかもしれません。
今回、芥川受賞作を掲載した文藝春秋を手にしたのは、新幹線での時間つぶしにちょうど良いと思ったからです。又吉さんの作品を読むのは初めてでした。
小説も、著者に興味が無いとわざわざ手にとって読まない時代なのかもしれません。そういう意味では、以前、NHKのファミリーヒストリーでも見たことのある又吉さんは興味ある書き手でした。
最初に断っておきますが、浅い書評しか書けません。
小説のいくつかの場面で花火のシーンがあることに対して、タイトルが「火花」となっているのはなぜだろう、というのは誰もが思う疑問ではないでしょうか。
それに関しては、私なりの解釈は先輩・神谷と僕との間で、若かった前半では先輩の意見に傾聴するばかりでありながらも、年齢を重ねた後半では僕が自己の主張を先輩にぶつけていくというお笑いに関する美学、芸術論を遠慮することなく戦わせることを「火花」と形容したのかな、と思いました。
小説なので、フィクションとして計算もあるとは思いますが、悲しいエピソードの取り上げ方の裏に、又吉さんの生来のやさしさのようなものが感じられて、泣かせる状況を演出するのがうまいなあと思いました。
村上龍が「長い」と評していましたが、確かに東京駅を出る前から読み始めて、京都に着いてもまだ読み終わらなかった。書きためたネタのような部分は、もう少し端折っても良かったかも知れません。真樹さんと別れる場面での、泣きを風呂のようにいう場面は面白いと思いましたが。
その真樹さんと別れる場面と10年後に見かけたシーンをピークにして、 後半はもう少し短くても良かったかなと思いました。
選考委員の選評も載っていますが、結構、皆、辛口で書くんですね。
群像物語ではないけれど、青春小説ですね。若くて売れない頃を支えてくれた彼女への、ありがとうというメッセージも込められているのかな、とも思いました。
単なる偏見かもしれませんが、芥川賞とか、純文学とか、書き手の 描写へのこだわりがうざく感じられて、自分の描写に酔って文章こねくり回しているイメージしかありませんでしたが、この作品に関してはそういう嫌らしさは感じませんでした。
ちなみに私の好きな司馬遼太郎は直木賞作家です。
以上、稚拙な感想文で失礼いたしました。
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