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2018年2月18日日曜日

もう、○○○○○○○○ない

以下の文章を読み、問に答えなさい。

この2、3日の間に、米が値上がりしている。税抜き価格で400円ほど値上がりしているのではないか。カルテルが疑われるほど、あるいは、物価の上昇を引き上げようとするどこかからの圧力がかかっているのではないかと疑われるほど、近隣のスーパーで横並びの現象だ。

近隣で米を買おうとする場合、スーパー以外に、
道の駅、農協の直営店、農家と契約した店舗、などがある。これらの店ではスーパーの量販品と比較した場合、これまで割高な印象が否めなかったが、スーパーの米の価格相場が上昇した今、割安に感じる商品も出て来るかもしれない。

問:タイトルの○○○○○○○○に当てはまる文字を以下から選べ。
1)涙はいら
2)恋なんてし
3)学校や家には、帰りたく
4)スーパーで米買わ

2018年2月11日日曜日

サランラップを究める。

子どもが塾に行く時に、間食におにぎりを持って行くことがある。
おにぎりはラップに包んで持って行くが、ラップは必ずしもブランド品(サランラップ)が良いわけではないらしい。厚みがあり、米となじまないとのこと。

一番いいのは、サンドラッグで「食品保存用ラップ」として売られている緑の箱に入っているものだ。サランラップより薄く、米となじむらしい。しかし、この商品の悪いところは、カッターで切りにくく、使うたびにストレスが溜まるとのこと。

この、切れにくい原因は、1)ラップと2)カッターのどちらにあるかを確認したところ(単純にサランラップと中身を入れ替えてみた)、カッターが悪いということが判明した。安くするために、箱の厚さ、あるいはカッターの歯をケチったのだろう。

そこで、サンドラッグのラップをサランラップの箱に入れて使っている。

2017年7月30日日曜日

ヒゲ付き(皮付き)トウモロコシ元年

今年は我が家にとってヒゲ付き(皮付き)トウモロコシ元年となりました。

今年に入り、ニトリで手頃なミルを見つけ、近所の輸入食品店で気に入っている岩塩のリフィルを見つけ、そして直近で電子レンジを買い替えたのが、生のトウモロコシを買ってきてレンジでチンする(岩塩で食べる)という形に結実しました。以前使っていた、回転するタイプのレンジだと、壁に引っかかってうまく出来なかったかも。

生のトウモロコシは道の駅やJAの直売所でも売っていますが、どの品種が好きかは教えません。たいてい、品薄で売切れています。値段はだいたい1本100円です。安売りのアミノバイタルゼリーといい勝負です。皮をむいたものも売られていますが、鮮度が落ちたものがそのように売られているようです。

子供の頃から茹でたトウモロコシは好きで、今も近所のスーパーで売られていますが、旨味が煮汁に逃げてしまうのでレンジの方がいいそうです。ラップする必要はなく、1本あたり500Wで5分。2本同時にやるときは10分。5分x 2で、1回目が終わったら裏返すほうがいいかも。



2017年6月18日日曜日

米

米って、使うときは合(升)である一方、買うときはキログラムなので、月にどれくらい使っているのかイマイチ、把握していませんでした。

それを概算してみたきっかけは、エコバック。エディオン(石丸電気)がつくばから撤退してもうまる7年ですか(2010年3月末閉店)。当時は、石丸電気が配布する販促グッズ(コールマンのピクニックシートなど)が市中にあふれ、小学校の運動会ではあちこちで同じシートを見かけたりしましたが、最近はそのような光景も目にしなくなりました。

一方、秋葉原のエディオンでは今でも地道にカード会員向けに販促グッズを配布しており、私も可能な限り寄るようにしています。

前回のル・クルーゼのエコバッグは保冷シートの裏打ちがあり、それまで妻が愛用していたショッピングモールのエコバグを引退に追い込みました。

そして今回は、ベネトンの保冷バッグでした。名称は保冷バッグですが、実態としては保冷シートの裏打ちのあるエコバッグです。コストコ(だいぶ前に退会したけどバッグだけ残っている)のショッピングバッグよりは一回り小さいですが、10キロの米が入ります。ちなみに12ロールのトイレットペーパーも入ります。

今までは、米を買うときは5キロの商品で、10キロのものは買ったことがありませんでした。しかし、同じ種類であれば5キロより10キロのほうが安く、買えるなら買うに越したことはない。しかし、そのネックとなっていたものが、買って帰るためのバッグがないことでした。

うちの近所ではイオン、西友、ヨークベニマル、およびカスミのスーパー春秋戦国時代が展開されておりますが、5キロの米に関しては価格・品揃え面で西友の圧勝でした。しかし、無意識のうちに10キロの商品は視野に入っていませんでした。

これから、10キロの商品を視野に入れてリサーチを始めたいと思います。
ちなみに我が家の月の米の消費量は25キロくらいです。



2017年1月23日月曜日

回帰熱

初場所で稀勢の里が優勝し、郷土出身力士ということで地元も盛り上がりそうな気配を見せている。こんな時、土浦駅前にイトーヨーカドーでもあれば優勝セールでもやりそうなところだが、約4年前に閉店してしまった。ちょうどこの2月に閉店を迎えようとしている西武つくば店の閉店セールの一部に稀勢の里優勝セールを上乗せし、西武の閉店に花を添えてほしいところだ。

次男がまだ柔道をやっていた時に、県南の柔道大会には鳴戸部屋の関係者が顔を出し、目に留まるとスカウトされるという噂を聞いたことがある。また、土浦市にある水郷公園には、常時、わんぱく相撲大会の応募チラシが置いてあり、次男がまだ3,4歳の頃に親の言うことを聞かないと「相撲大会に申し込むぞ」と脅すと、マワシを締める事を嫌がる次男はしぶしぶ言うことを聞いたものだった。あのチラシはどこかにしまってあるはずだが何処へいったのだろう。

2017年1月2日月曜日

いきなりステーキ初め

明日、出かけるついでにいきなりステーキでランチをする予定です。

北関東3県(群馬、栃木、茨城)にはまだいきなりステーキの出店はなく、長男はまだいきなりステーキに行ったことがありません。次男は近隣の県(埼玉、千葉)で2回行ったことがあります。

私はこのブログがいきなりステーキ茨城進出につながることを期待しながら書いています。妻も近所にあれば毎週行くといっています。ランチでよく通っていたA5ランクの宮崎牛を出す焼肉屋のランチにはもう飽きたと言っています。

アメリカがTPPに参加しようとしまいと、ウォールマート(西友)を通じてアンガス牛は日本に入って来ていますが、家庭のガスでは(オール電化の場合はなお更)あの炭火の強さや鉄板の熱さを再現することは不可能です。

そういえば以前、近所のショッピングモールに「鉄板鉄男」というハンバーグ屋があり、たまに家族で食べていましたが、だいぶ前に閉店してしまいました。その店も、いま思えば閉店が近くなるにつれて鉄板の熱さが下がっていた気がします。

いきなりステーキの魅力は、脂身の少ないアメリカンビーフだけでなくハンバーグのうまさ(鉄板の熱さ)にもあります。ハンバーグは300gなので、マイルも貯まって一石二鳥です(後述)。

明日、新年早々行くものの、出勤中のランチで行くのはしばらく控えようかと思っています。行き始めたのがここ1年以内ですが、気がつけばマイレージカードを作り、あっという間にゴールドカード会員(3,000グラム達成)になっていました。気楽にひとりで行けて、楽な道に流れてしまった感がありました。

しばらくいきなりステーキひとりランチは控えて、今年は再びランチ仲間を開拓しようと考えています。私が来店を控えることがささやかながら都内での客離れに貢献し、その結果、地方への出店を促し、茨城県民がいきなりステーキの魅力に触れる機会が増えることを期待しながら2017年を過ごしたいと思います。

2016年12月31日土曜日

恒例・パソコンのメンテ

大晦日をいかがお過ごしでしょうか。

嫁さんの実家に寄せてもらう盆・正月の私の任務として、パソコンのメンテがあります。妻の父のPCが何らかの不具合を来している場合、その解決に努めます。

今回もメインのデスクトップが立ち上がらなくなったとのことでした。急にシャットダウンすることもあるとのことだったので、原因として、

1)電源ユニットの劣化
2)メモリの劣化(メモリダンプ)

も考えられましたが、結局、立ち上がらなかったのは内部にたまった静電気で、起動時のソフトの整理とハードディスクのデフラグで回復しました。その回復したパソコンから書いています。

最新のパソコンはパーツ交換で性能の向上を試みる必要はほとんどありませんが、嫁さんの実家のメインのデスクトップPCは2011年夏に買ったもので、OSもウィンドウズ7から10にアップグレードしてしまったものなので、まだパーツ交換を試す価値はあります。次回の帰省までに、秋葉原で中古パーツを探しておき、次回の帰省時にはパーツの交換を試みようかと思っています。

では、よいお年を。

2016年12月24日土曜日

漸近線

妻と子供たちは帰省して、私は溜まったシャツとハンカチにアイロンをかけ終えた後、一息ついて晩飯の友にメールした。

独身の女性にクリスマスイブにメールするのもいかがなものかと思いながらも、万が一、ひとりで淋しくしていないことを祈りつつ、ましてや連休の中日に仕事などもってのほか・・・しかし、仮にそうであっても、気にしている人間が少なくとも一人はいることを思い出してせめてもの救いになれば。

たいてい、年の近い仲間と飲み会でもしているだろうが。

帰省する前の長男と妻が風邪を引いていたが、どうやら今回は置き土産に私にうつして帰ったようだ。今朝から喉が痛い。風邪をうつしてしまうリスクがあると、誰かを飯に誘うのも気が引ける。

もっとも、晩飯の友も家族が留守の間に飯につきあってくれることはなく、たいてい家族がこちらに戻った後だ。「奥さんがいるときに堂々と誘ってくれたら、喜んで付き合いますよ」と言わんばかりに。そっちがそう来るならと、私も毎回、妻には正々堂々と「今日は飯いらんから」と言い残して出かける。そうすると、「奥さんには何と言ってきたのですか?」と聞いてくる。私が何と答えるかは秘密。

赤坂、神楽坂、六本木・・・と回を重ね、次で何回目だろうか?人によってはそろそろ男女の仲になっている頃かもしれないが、我々がどうかは想像に任せる。

毎回、私が格好つけて奢ろうとすると、いつもだいたいその半額くらいのお金を私のカバンやポケットに入れてくる姿がいじらしく、「では、これは次回のデポジットということで」と、次回、また付き合ってもらうことを約束に受け取るが、前回、受け取った紙幣は使えぬまま、私の財布のお守りになってしまっている。







2016年12月17日土曜日

明るい老後

今日は妻は次男の幼稚園時代からのママ友たちと忘年会。子供の幼稚園在籍時からずっと続いており、回を重ね、もうすぐ小学校の卒業を迎えようとしている。たぶん、中学に進んでからも続くのだろう。転勤でいなくなる人がいる中、今回の参加者は13人とのことだ。

次男の小学校卒業がスケジュール的に視野に入ってきて、巣立ちの会(卒業式の余興)の出し物の準備が始まりつつある。今年はご他聞にもれず、担任がピコ太郎のPPAPをやることになったらしい。そして、父兄(といっても母親達)がスクールメイツのように担任の後ろで踊るらしい。

長男の小学校卒業の時は、父兄の出し物は無難に合唱だけだったのだが、この辺も学年によって父兄のノリに差がある。

子供たちが独り立ちしたら、おばさん達同士で旅行に行ったりするのだろう。身近にそのようなリタイア世代もおり、そのような老後を夢見ているかもしれない。その時、留守中の私の相手をしてくれる人を今の内から探しておくのがある意味での老後の蓄えなのかもしれない。



2016年11月23日水曜日

未来は、暗くない。

比較的近い関係の夫婦の中3のお子さんに、ある高校の野球部から授業料免除の特待生として声がかかりました。「寮費だけでいいから」とのこと。

その夫婦は子供にその高校への進学を勧めたものの、結局、本人は行かないことを決めたそうです。同じ中学には3チームから声がかかっている子もいる中で、自分の実力を冷静に判断した結果なのかもしれません。

しかし、一方で、将来つきたい仕事が既に決まっているのであれば、一時の夢を見る必要がない時代なのかも知れません。一時の夢を見るために、それがうまくいかなかった時の不確定要素(のほうが大きい)を受け入れるより、そこに確実な幸せな人生を送れそうな選択肢があったから、それを選んだまでかもしれません。

現代は、夢のない時代だとも言われます。「テレビの中に夢が無い」、などとも。社会全体が昔に比べて豊かになったのはもう一昔前の話で、今は後退の局面かも知れませんが、であるから尚更、子供たちは現実的な選択をするのだろうか、とも思ったりしました。今の生活に満足していれば。しかし、それは決して悪いことではないとも思いました。我々親の世代とは、時代が抱えている世相が違えば価値観も違うのでしょう。


2016年11月13日日曜日

ワイシャツ買う時

ワイシャツを買う時に気をつけているのが、胸ポケットの有る無しだ。
スペイン系のファストファッションの店のシャツには、基本的に胸ポケットがついていない。

ワイシャツの胸ポケットは、伝統的にはむしろ無いほうが正統と言われる様だが、IDカードが手放せない昨今のビジネスにおいては機能的に胸ポケットがないと不便なことが多い。

あと、シャツの製造国が中国から最近はベトナムやバングラディッシュになりつつあるが、新興メーカー(ショッピングモール系)の安いシャツは背中のまちがなくなっている場合が多い。その点、意外とヨーカドーのシャツは背中にちゃんとまちをつけていたりする。

アメリカ系のブランドで、ユニクロ・GUのように数ランク設けているブランドのトップブランドのシャツが好きだった。そのブランドにはマークのようなものはなく、一見、無印良品のように外観からはどこのブランドかは分からない。しかし、胸ポケットと背中のまちがあり、そして生地の肌触りが上質で気に入っていた。

しかし、今日、久しぶりにとあるアウトレットでそのブランドの店舗を覗いたら、胸ポケットがなくなっているものが多かった。そして、生地も劣化しているように感じた。その下位ブランドでは既にデザインや生地の質の劣化も激しく、最近は店舗を覗くことすら少なくなったが、上位ブランドですらその風潮にのまれているようで残念でならなかった。

2016年10月17日月曜日

放置アカウント

フェイスブックなどに、もう使わなくなったアカウントを残している理由は何だろう。

もしかすると、お別れの挨拶すら出来ずに別れた人や、懐かしい誰かからの連絡を待っているからではないだろうか。

東京では連絡先を交わさずに別れてしまったら、偶然、再会するなど至難の業だ。

しかし、今はSNSがある。うまくいけば、探し当てることが出来る。妻の友人にも、もう結婚して子供もいるのに、昔の恋人に未練があってついついフェイスブックを覗いている人もいるという。

もしも、連絡を待っている誰かから、探し当ててもらって連絡をもらえたら嬉しいだろうか。それは嬉しいよな。

問題は、私がその連絡を待つ人であるか否か・・・。





2016年10月12日水曜日

邂逅

そごう柏店が閉店したことが結構大きく報道された。筑波西武店が閉店する時は、それほどでもないだろう。

今日、妻は、定期的に通うカイロプラクティックを終えると、柏のショッピングモールに向かった。目的は、「いきなりステーキ」デビューだっだ。





その時に、そのショッピングモールにある医療モールで「かしわ希望眼科」という眼科を見かけた。院長の名前に見覚えがあった。

長男が5歳の時に地元の病院で遠視性内斜視と診断された時に、その後の治療をお願いしたいとその先生が勤務する東京の眼科に通い始めた。その後、その先生は葛西の分院に異動された。そして、このショッピングモールの開業と同時に、同医療モールで開業されたようだ。

ショッピングモールも、それくらいテナントに力を入れているということが分かった。
柏のそごうが潰れるのも致し方ないことだったのだろう。

ここで問題です。
タイトルは何と読むでしょうか。
①ちんすこう
②ようすこう
③かいこう


2016年10月11日火曜日

神奈川と千葉の距離感

三浦半島には何度か足を運んでいます。

最初に訪れたのは、日立化成時代の研修。マホロバ・マインズ三浦というホテルに泊まりこみで研修を受けました。品川から京急で1時間ちょっとかな?2度ほど訪れました。




他には、戦艦・三笠がある三笠公園など。




司馬遼太郎の街道をゆく42「三浦半島記」には、初期の頼朝がローカルな戦いに敗れて千葉(房総半島)に逃れる記述があります。上記の場所からは、残念ながらこの情景を思い浮かべる事はできませんでした。

しかし、今回、訪れた横須賀美術館は違いました。対岸の富津がありありと見えました。



来月、次男が小学校の修学旅行で鎌倉を訪れます。宿泊先は、なぜか千葉のホテル三日月です。例の件で話題になる前から、長男の時もそうでした。それでも、今回、横須賀美術館から眺めた距離感を思うと納得する次第でした。

2016年9月18日日曜日

牛黄加持(ごおうかじ)

牛黄(ごおう)は、リンク先でも紹介されているように日本薬局方にも収載されている生薬であり、基原(origin, source)は牛の胆嚢に生じた結石である。

かつて医学が未開であった時代には、「牛100頭に1頭のみにしか見られない腫瘍」と思われていた時代もあり、司馬遼太郎の作品「牛黄加持」の中でもそのように紹介されている。また、リンク先の最後の方にも紹介されているように、その牛は夜間、光るということが言われていたため、その牛は特別な力を持つと信じられていた。ひいては、牛黄もそのような用いられ方をした。

司馬氏の作品では、世継ぎに恵まれない帝の女御の加持祈祷(かじきとう)に用いられている。具体的には、牛黄に高僧の精液を混ぜたものを女性の秘部に塗りながら祈祷を行なう。そして、その女性はある若い僧が想いを抱く高貴な女性だったため、最後はその若い僧がどさくさに紛れて自身が挿入して、見事、懐妊したという話である。

これは、史実に基づいた話だったように記憶している。日本の天皇制は、明治時代に山縣有朋が極端に神格化したものであり、過去にはこのような方便もまかり通っていたことだろう。女帝もいただろうし、平清盛も天皇の落し胤だったようだし、源氏物語でも帝がらみで不義の子どもが何人か生まれたりしている。

ある時期から私のライフワークとしてきた「街道をゆく」シリーズの読破も終盤を迎えている。基本的に古本で集めていた同シリーズも、ハードカバー、ワイド版および文庫本でまばらながらも全43巻のうち残すところあと2巻となった(ちなみに22巻と28巻である)。アマゾンで古本販売が始まってから加速度的に収集力が増した。

昭和45年(1970年)に同シリーズがはじまったきっかけとして、同年に起こった三島由紀夫の割腹自殺を挙げる解説本を読んだことがあるが、本質的な理由ではないように思う。もっとも、その直後に司馬氏も声明を発表したようだが。極度な天皇制の神格化は、司馬氏も望んでいなかったことは確かかも知れないが。

私はそれよりも、どの巻か忘れたが、シリーズが始まって25年目の作品で「始まって25年です。(大阪)万博の年に始めたので」という点が一番大きな動機だと思っている。大阪人で生涯、大阪を活動拠点にした司馬氏にとっても大阪万博は大きなイベントだったはずだ。世界が近くなり、大都市が均質化していく中で、東京を含む世界共通の「文明」ではない日本の地方の「文化」を残そうとしたものと私は思う。また、シリーズでは訪れていない土地もいくつかあるが(ワイド版には巻末に訪問地のマップがある)、先述の解説本ではその地域はコンクリートの「東京」と同一であるから(訪問しなかった)と言うが、私はそうは思わず、単にシリーズは司馬氏の死をもって未完で終わったのだと思う。

私も、新たなライフワークを見つけなければならない。




2016年9月10日土曜日

産み分け

以前、述べたように、男性不妊の頻度は100人に1人ということでそれほど高くはない。

一方で、私の周りでは、有機化学(合成)に関わる業務に従事する男性には、女の子しか生まれない傾向にある。

また、以前、聞いた話によると、シリコンバレーではIT関連の仕事をする男性にも女の子が多いという。電磁波を浴びる量に依存しているのかもしれない。

つまり、Y遺伝子はこれらのストレスにより、受精する能力を失うか、弱くなっているのだろう。

これから子どもを産もうとする人に、ご参考まで。


2016年8月25日木曜日

石上、花を栽える。

石上栽花後、生涯自是春(貞和集)
読み:石ノ上ニ花ヲ栽(う)エテ後(のち)、生涯自(おのずか)ラ是(これ)春
意:それは、石の上に花を植えるようなものだ。ただし、根がついてしまえば、生涯春のようなものだ(街道をゆく34)。
(以下、私なりの理解。本来の意味からはずれるかも)
普通、石の上に花(植物)を植えることなど出来ない。しかし、それを植えようとするのが精神的鍛錬というものであり、現に、植わってしまうことがある。

一方で、花はこちらにそれを美しいと思う心がなければ、何の価値もない。自分の庭に植えても、自分がそれを美しいと思う心が枯れてしまったら、または花そのものが枯れてしまっては意味がない。

花が根を張り、自分のそれを愛でる心が枯れなければ、生涯、春のようなものだろう。




2016年8月21日日曜日

運とか、霊とか。

お盆の帰省中に、車のタイヤ2本が連続してパンクするというアクシデントに見舞われました。

地元のヤンキーに狙われて悪戯されたとかではなく(地域によってはあり得る話ですが)、片方は釘踏み、もう片方はクラックから裂けたものでした。

まだ1年半しか乗っていないので、クラックは敷いてあった鉄板を踏みながらハンドルを切ってしまって、その後、経時的に劣化したか、あるいは単に不良品のタイヤに当たってしまったかでしょう。

ここで、何かの霊的なものを感じたのが、釘踏みでパンクしたタイヤを交換した直後に走行している際に、別のタイヤが(クラックが原因で)パンクしてしまったことです。

皆さんは霊とか運命とか信じますか?

この状況では何かそのようなものを感じざるを得ず、ちょうど高速道路に乗ろうとする直前だったので「乗る前に起こって良かった」という思いを禁じざるを得ませんでした。高速走行中にタイヤがバーストして事故でも起こしてしまったら、というより悪い状況との比較の上でです。

普段、私はどちらかというと「洗車マニア」的な性格で、週末は必ず洗車場かマンションの洗車スペースで車を洗う事を常としています。

しかし、このような状況に遭遇して再確認することは、「車は安全に走行することが第一」であるということです。実は連続してパンクしたあとに、狭い路地でホイールにガリ傷をつけてしまったのですが、このような状況に見舞われた直後なので大目に見ることが出来ました。

タイヤは、2本ともパンクした位置が悪く修理不能で、交換せざるを得ませんでした。グッドイヤーのランフラットタイヤ(パンクしても100kmくらい走行できるというタイヤ)からダンロップのノーマルタイヤに換えましたが、乗り心地は良くなりました。あと、燃費も少しだけ良くなりました。






2016年8月16日火曜日

制度と自然

興味深いデータがあった。出典はこちら。今後、日本は欧米化して婚外子が増えるのか。それとも、現状のまま留まるのか。

今の日本は、戦前よりも婚姻制度を厳格に運用している印象がある。若衆制度や夜這いなどがあった時代には、生物学的な親と戸籍上の親が異なることは珍しくない話だったという(理由は適当に調べて)。婚姻制度(一夫一婦制)は、社会の秩序を守るための制度として、人間の本能を制御する面がある。一方で、子どもの養育に責任を持たせる拘束力もあるかも知れない。

一方、少数派の意見だが、「結婚は諦めたけど子どもは欲しい」という意見も聞く。身近な事例として、事実婚を選び、入籍せぬまま出産・子育てを行っているケースも知っている。彼女は欧米に留学経験があったが、それはまるで、法規制の煩わしさを回避した自由(自然)の追求のようにも受け取れる。

制度が後押しして、女性の生き方が変わるのか。それとも、女性の生き方が変わることで社会保障制度がそれをサポートするように変わっていくのか。


2016年8月6日土曜日

コストとリスク

我が家には二人の息子がいる。

長男は幼稚園のころに遠視であることがわかって、その頃から眼鏡をかけている。眼鏡はだいたい4,5万円する。今度、通算4つ目の眼鏡を作る。

次男は、怪我が堪えない。幼稚園から小学校2年生まで柔道をやっていた。小1の冬休みと小2の夏休みに半年くらい開けて2回、鎖骨を折った。小3からラグビーに転向したが、首に負担がかかっているようだ。先日、カイロプラクティックに通ったら、頚椎の4番がずれていた。それを直すと、慢性的な頭痛が治った。

生活の質を保つ上で、長男の眼鏡は欠かせない。一方、次男もラグビーをやめれば首がゆがむ事は無く、頭痛やもっと大きな怪我に悩まされる事もないのだろうが、それがない人生はきっとつまらないだろう。

人生には人それぞれ何らかの余計なコストがかかる一方で、リスクをとって何か行動をおこさないと満足のいく時間は過ごせない。当たり前のことだが、それを再確認した。わたしにとってのコストとリスクとは何だろう。