2023年6月11日日曜日

未来

現在、日本は日本の文化(アニメや柔道、etc)を海外に売り出している。アニメの場合は作品の輸出の側面が大きく、人の移動を伴う交流というニュアンスは伝わってこないが、柔道の場合は、多くの人々が指導員として海外の地を踏んでいる。それだけでなく、ボランティアに関して言えば、私の子供たちが使っていた柔道着は、ある大学を通じてネパールのほうに寄付された。

ある時、ほかの大学も同じようにネパールに柔道着を寄付していることを知った。しかし、かつて日本が幕末の頃にフランスとイギリスから武器供与を受けて、それぞれ佐幕派と勤王派として争ったように、かの国で双方の大学が派閥争いをしていることなど想像しにくい。たとえそうであったとしても、国際交流が市民のレベルに下りて来ていて、昔に比べるとなにか牧歌的だ。

同様に、現代の生活には欠かせないスマートフォンは 途上国の国々にも普及している。彼らもまた、スマートフォンを自ら製造することはできなくてもその利便性の恩恵に預かることはできる。

そういう意味では、昔、「南北問題」と言われていた先進国と途上国の人々の生活レベルの格差の是正は、想像しているほどには難しくないのかもしれない。その国の技術レベルを先進国並みに引き上げる必要がないのであれば。ユーザー個々人の教育は、先進国と途上国で大差ないだろう。逆に、中には部族の原始的な営みを頑なに続ける人々もいるのだろうか。宗教的な儀式が今もなお続いていることと同様に。いみじくも『インドネシア先住民族、インターネットの遮断要請』のニュースがあった。

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