2025年3月26日水曜日

人生の宝物

 


子どもたちがそれぞれ帰路につき、我々夫婦はまた二人だけの生活に戻った。彼らの部屋には今はそれぞれ古ぼけたLinuxのマシンやその他のレガシー家具が置かれ、物置兼私の趣味の部屋となっているが、がらんとした部屋を見ては、彼らが幼い頃、そこで生活していた頃を思い出すことが癖のようになっている。

人生の宝物とは何かを考えたとき、子どもたちが幼かった頃の日々の記憶と答えたい。当時はただ毎日を懸命に生き、後にそのような思いに至るなど思っても見なかった。子どもたちの人格も当時とは異なり、子どもたちとの関係性もそこに留まることを望むことは誤りだろいうことはわかっている。だからこそ、もう二度と戻らない日々は、私にとって人生の宝物として長く記憶に留めたいと願っている。

我が家の場合は、子供が幼い頃はまだホームビデオはminiDVだったので、その映像の再生手段、PCへの取り込みの手段を維持したいと考えるのも、上記の考えの延長なのだろう。

引用した歌はおそらく失恋か別れの歌なのだろうが、いろいろな人がカバーしているということは、受け手の思い描いた世界観にマッチしやすいということでもあるのではないだろうか。

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