東京は昼過ぎから曇りはじめ、夕方の帰宅時間には小雨が舞い、行きかう人々の足をせわしなくさせていた。
遅れ気味の地下鉄のホームには、帰宅を急ぐ人々の列が次の車両を待ちわびていた。
人ごみの中からKを見つけ出したのはたまたまか。それとも脳裏に焼き付いた残像とピタリと照合されたからなのか。到着した車両に乗り込むKの姿を追って、Nは遅れて同じ車両に乗り込んだ。
席に座り、 スマホをいじり始めたKを遠目に、Nは扉近くに立ち吊革につかまった。雨を吸った折り畳み傘の収まりが悪い。
暫くすると席が空き、Nはそこに座った。Kと同じ側のシートで間に数人はさんだ場所。KはNに気付いていない。向かいの窓ガラスに映る姿を見ると、まだスマホで何かを見ているようだ。途中の駅で降りるのだろうか。隣の席が空いたら移ろうか。そう思いながらNもまた自分のスマホをチェックした。
途中で何度かKの隣の席は空いたが、Nは結局、そこに移ろうとはしなかった。むしろ、そこにいたことを気づいていない振りをして過ごそうかと 考え始めていた。Nは読みかけの文庫本を取り出し、おもむろに読み始めた。昔、読んだことのある、お気に入りの一冊。Nは今、地下鉄御堂筋線に乗っているかのように想像を膨らませ、本に集中しようとした。
同じ車両のすぐ近くにいながらにして、言葉を交わすこともなく、 しばらく時は過ぎた。
地下鉄は終点に着こうとしていた。Kも途中の駅で降りることはなかった。Nはさらにそこから乗り継いで家路を急ぐ。Kもまたそうだろう。
ホームに着いた車両が乗客を一斉に吐き出そうとする時、NはKの前を通り過ぎた。立ち上がったKは居眠りしていたのか、あくびする口を押えていた。NがKの腕に触れて声をかけると、はっと驚いた表情をした。Nはかすかに微笑んで「おつかれさん」と、声をかけた。Kは軽く、頭を下げた。
ホームに降りると、二人は逆の方向に向かって歩き出した。2,3歩進んだNが振り返ると、人混みに紛れて行こうとするKの後ろ姿が見えた。 手に傘は持っていなかったように見えた。
雨は止まないまま、静かに降り続いていた。
遅れ気味の地下鉄のホームには、帰宅を急ぐ人々の列が次の車両を待ちわびていた。
人ごみの中からKを見つけ出したのはたまたまか。それとも脳裏に焼き付いた残像とピタリと照合されたからなのか。到着した車両に乗り込むKの姿を追って、Nは遅れて同じ車両に乗り込んだ。
席に座り、 スマホをいじり始めたKを遠目に、Nは扉近くに立ち吊革につかまった。雨を吸った折り畳み傘の収まりが悪い。
暫くすると席が空き、Nはそこに座った。Kと同じ側のシートで間に数人はさんだ場所。KはNに気付いていない。向かいの窓ガラスに映る姿を見ると、まだスマホで何かを見ているようだ。途中の駅で降りるのだろうか。隣の席が空いたら移ろうか。そう思いながらNもまた自分のスマホをチェックした。
途中で何度かKの隣の席は空いたが、Nは結局、そこに移ろうとはしなかった。むしろ、そこにいたことを気づいていない振りをして過ごそうかと 考え始めていた。Nは読みかけの文庫本を取り出し、おもむろに読み始めた。昔、読んだことのある、お気に入りの一冊。Nは今、地下鉄御堂筋線に乗っているかのように想像を膨らませ、本に集中しようとした。
同じ車両のすぐ近くにいながらにして、言葉を交わすこともなく、 しばらく時は過ぎた。
地下鉄は終点に着こうとしていた。Kも途中の駅で降りることはなかった。Nはさらにそこから乗り継いで家路を急ぐ。Kもまたそうだろう。
ホームに着いた車両が乗客を一斉に吐き出そうとする時、NはKの前を通り過ぎた。立ち上がったKは居眠りしていたのか、あくびする口を押えていた。NがKの腕に触れて声をかけると、はっと驚いた表情をした。Nはかすかに微笑んで「おつかれさん」と、声をかけた。Kは軽く、頭を下げた。
ホームに降りると、二人は逆の方向に向かって歩き出した。2,3歩進んだNが振り返ると、人混みに紛れて行こうとするKの後ろ姿が見えた。 手に傘は持っていなかったように見えた。
雨は止まないまま、静かに降り続いていた。
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