2016年10月17日月曜日

放置アカウント

フェイスブックなどに、もう使わなくなったアカウントを残している理由は何だろう。

もしかすると、お別れの挨拶すら出来ずに別れた人や、懐かしい誰かからの連絡を待っているからではないだろうか。

東京では連絡先を交わさずに別れてしまったら、偶然、再会するなど至難の業だ。

しかし、今はSNSがある。うまくいけば、探し当てることが出来る。妻の友人にも、もう結婚して子供もいるのに、昔の恋人に未練があってついついフェイスブックを覗いている人もいるという。

もしも、連絡を待っている誰かから、探し当ててもらって連絡をもらえたら嬉しいだろうか。それは嬉しいよな。

問題は、私がその連絡を待つ人であるか否か・・・。





2016年10月12日水曜日

邂逅

そごう柏店が閉店したことが結構大きく報道された。筑波西武店が閉店する時は、それほどでもないだろう。

今日、妻は、定期的に通うカイロプラクティックを終えると、柏のショッピングモールに向かった。目的は、「いきなりステーキ」デビューだっだ。





その時に、そのショッピングモールにある医療モールで「かしわ希望眼科」という眼科を見かけた。院長の名前に見覚えがあった。

長男が5歳の時に地元の病院で遠視性内斜視と診断された時に、その後の治療をお願いしたいとその先生が勤務する東京の眼科に通い始めた。その後、その先生は葛西の分院に異動された。そして、このショッピングモールの開業と同時に、同医療モールで開業されたようだ。

ショッピングモールも、それくらいテナントに力を入れているということが分かった。
柏のそごうが潰れるのも致し方ないことだったのだろう。

ここで問題です。
タイトルは何と読むでしょうか。
①ちんすこう
②ようすこう
③かいこう


2016年10月11日火曜日

神奈川と千葉の距離感

三浦半島には何度か足を運んでいます。

最初に訪れたのは、日立化成時代の研修。マホロバ・マインズ三浦というホテルに泊まりこみで研修を受けました。品川から京急で1時間ちょっとかな?2度ほど訪れました。




他には、戦艦・三笠がある三笠公園など。




司馬遼太郎の街道をゆく42「三浦半島記」には、初期の頼朝がローカルな戦いに敗れて千葉(房総半島)に逃れる記述があります。上記の場所からは、残念ながらこの情景を思い浮かべる事はできませんでした。

しかし、今回、訪れた横須賀美術館は違いました。対岸の富津がありありと見えました。



来月、次男が小学校の修学旅行で鎌倉を訪れます。宿泊先は、なぜか千葉のホテル三日月です。例の件で話題になる前から、長男の時もそうでした。それでも、今回、横須賀美術館から眺めた距離感を思うと納得する次第でした。

2016年9月18日日曜日

牛黄加持(ごおうかじ)

牛黄(ごおう)は、リンク先でも紹介されているように日本薬局方にも収載されている生薬であり、基原(origin, source)は牛の胆嚢に生じた結石である。

かつて医学が未開であった時代には、「牛100頭に1頭のみにしか見られない腫瘍」と思われていた時代もあり、司馬遼太郎の作品「牛黄加持」の中でもそのように紹介されている。また、リンク先の最後の方にも紹介されているように、その牛は夜間、光るということが言われていたため、その牛は特別な力を持つと信じられていた。ひいては、牛黄もそのような用いられ方をした。

司馬氏の作品では、世継ぎに恵まれない帝の女御の加持祈祷(かじきとう)に用いられている。具体的には、牛黄に高僧の精液を混ぜたものを女性の秘部に塗りながら祈祷を行なう。そして、その女性はある若い僧が想いを抱く高貴な女性だったため、最後はその若い僧がどさくさに紛れて自身が挿入して、見事、懐妊したという話である。

これは、史実に基づいた話だったように記憶している。日本の天皇制は、明治時代に山縣有朋が極端に神格化したものであり、過去にはこのような方便もまかり通っていたことだろう。女帝もいただろうし、平清盛も天皇の落し胤だったようだし、源氏物語でも帝がらみで不義の子どもが何人か生まれたりしている。

ある時期から私のライフワークとしてきた「街道をゆく」シリーズの読破も終盤を迎えている。基本的に古本で集めていた同シリーズも、ハードカバー、ワイド版および文庫本でまばらながらも全43巻のうち残すところあと2巻となった(ちなみに22巻と28巻である)。アマゾンで古本販売が始まってから加速度的に収集力が増した。

昭和45年(1970年)に同シリーズがはじまったきっかけとして、同年に起こった三島由紀夫の割腹自殺を挙げる解説本を読んだことがあるが、本質的な理由ではないように思う。もっとも、その直後に司馬氏も声明を発表したようだが。極度な天皇制の神格化は、司馬氏も望んでいなかったことは確かかも知れないが。

私はそれよりも、どの巻か忘れたが、シリーズが始まって25年目の作品で「始まって25年です。(大阪)万博の年に始めたので」という点が一番大きな動機だと思っている。大阪人で生涯、大阪を活動拠点にした司馬氏にとっても大阪万博は大きなイベントだったはずだ。世界が近くなり、大都市が均質化していく中で、東京を含む世界共通の「文明」ではない日本の地方の「文化」を残そうとしたものと私は思う。また、シリーズでは訪れていない土地もいくつかあるが(ワイド版には巻末に訪問地のマップがある)、先述の解説本ではその地域はコンクリートの「東京」と同一であるから(訪問しなかった)と言うが、私はそうは思わず、単にシリーズは司馬氏の死をもって未完で終わったのだと思う。

私も、新たなライフワークを見つけなければならない。




2016年9月10日土曜日

産み分け

以前、述べたように、男性不妊の頻度は100人に1人ということでそれほど高くはない。

一方で、私の周りでは、有機化学(合成)に関わる業務に従事する男性には、女の子しか生まれない傾向にある。

また、以前、聞いた話によると、シリコンバレーではIT関連の仕事をする男性にも女の子が多いという。電磁波を浴びる量に依存しているのかもしれない。

つまり、Y遺伝子はこれらのストレスにより、受精する能力を失うか、弱くなっているのだろう。

これから子どもを産もうとする人に、ご参考まで。


2016年8月25日木曜日

石上、花を栽える。

石上栽花後、生涯自是春(貞和集)
読み:石ノ上ニ花ヲ栽(う)エテ後(のち)、生涯自(おのずか)ラ是(これ)春
意:それは、石の上に花を植えるようなものだ。ただし、根がついてしまえば、生涯春のようなものだ(街道をゆく34)。
(以下、私なりの理解。本来の意味からはずれるかも)
普通、石の上に花(植物)を植えることなど出来ない。しかし、それを植えようとするのが精神的鍛錬というものであり、現に、植わってしまうことがある。

一方で、花はこちらにそれを美しいと思う心がなければ、何の価値もない。自分の庭に植えても、自分がそれを美しいと思う心が枯れてしまったら、または花そのものが枯れてしまっては意味がない。

花が根を張り、自分のそれを愛でる心が枯れなければ、生涯、春のようなものだろう。




2016年8月21日日曜日

運とか、霊とか。

お盆の帰省中に、車のタイヤ2本が連続してパンクするというアクシデントに見舞われました。

地元のヤンキーに狙われて悪戯されたとかではなく(地域によってはあり得る話ですが)、片方は釘踏み、もう片方はクラックから裂けたものでした。

まだ1年半しか乗っていないので、クラックは敷いてあった鉄板を踏みながらハンドルを切ってしまって、その後、経時的に劣化したか、あるいは単に不良品のタイヤに当たってしまったかでしょう。

ここで、何かの霊的なものを感じたのが、釘踏みでパンクしたタイヤを交換した直後に走行している際に、別のタイヤが(クラックが原因で)パンクしてしまったことです。

皆さんは霊とか運命とか信じますか?

この状況では何かそのようなものを感じざるを得ず、ちょうど高速道路に乗ろうとする直前だったので「乗る前に起こって良かった」という思いを禁じざるを得ませんでした。高速走行中にタイヤがバーストして事故でも起こしてしまったら、というより悪い状況との比較の上でです。

普段、私はどちらかというと「洗車マニア」的な性格で、週末は必ず洗車場かマンションの洗車スペースで車を洗う事を常としています。

しかし、このような状況に遭遇して再確認することは、「車は安全に走行することが第一」であるということです。実は連続してパンクしたあとに、狭い路地でホイールにガリ傷をつけてしまったのですが、このような状況に見舞われた直後なので大目に見ることが出来ました。

タイヤは、2本ともパンクした位置が悪く修理不能で、交換せざるを得ませんでした。グッドイヤーのランフラットタイヤ(パンクしても100kmくらい走行できるというタイヤ)からダンロップのノーマルタイヤに換えましたが、乗り心地は良くなりました。あと、燃費も少しだけ良くなりました。