2023年6月7日水曜日

面影

仕事からの帰り道、電車の中で見覚えのある顔を見かけたので、話しかけてみた。 

 彼は小学生の頃、次男と同じスポーツをやっていた。彼は次男より2歳年上だったが、そのスポーツを始めたのが遅かったこともあり、次男とよく対戦していた。 

 次男はけがを理由に小学校の途中でそのスポーツをやめることになったが、彼も中学からは別のスポーツに取り組んだという。その後、彼は筑波大学体育専門学群に推薦で入学し、今ではそのスポーツのU-21代表だという。今日はその合宿からの帰りとのことだった。 

 次男のことは覚えていなかったが(学年も違うし、仕方ないだろう)、そこは覚えていた私のほうが特別なのかもしれない。 彼のほうが小学生の頃から体格に恵まれ、目立っていたこともある。浪人している次男に伝えたら励みになるだろう、と思い、家路に就いた。

2023年6月5日月曜日

「あまちゃん」が描く理想郷

一世を風靡した朝ドラ「 あまちゃん」が今回の朝ドラと並行する形で再放送されている。「新作を食っている」という評価もあるようである。私はそこまでとは思わないが。

「あまちゃん」は東日本大震災の数年後(2年後、2013年)に、それに被害を受けた地域の(岩手・三陸地方)、震災前の市井の人々を描いたドラマだ。そこで描かれる内容は、東日本大震災で失われた日常、というよりは、正確にはそれまでの日常にもなかった理想とする姿のコメディである。

「海女」という文化にスポットライトを当て、都市部で適応できずにIターンで地方に来て、その海女という作業を通じて生活や人間性を取り戻す主人公のサクセスストーリーが、田舎の何とも言えないペーソスや哀しみを通じて表現される。それらはまるで都市での生活に対しても優位性があるかのようにも映る(描いている)ところに、私の好きなO・ヘンリーの「都会の敗北」という短編にも通じるものがある。

主人公が通う高校には潜水土木課という学科があり、それは他の地域では一般的には存在しない学科だ。その特殊技術を地元の公立校で身に着けることができる点なども、見方を変えれば他では得られないメリットだが、それもおそらく外部の目から見ない限り、分からない。えてして、若者が地元の良さに気づかずに、だた外に(都会に)出ることが目的化してしまっていることも共通の心理があるように思う。

日本の人口が減少し、地方が急速に衰退し、一方で都市部は過密が進む。日本のすべての地方が根底に抱えている問題を、岩手・三陸というフィルタを通して映し出し、ネタを仕込み、笑いに変えたところが成功のポイントだろうが、物語はまだこれから『東京』を象徴する人物が次々に登場する。それらの都会の風俗との距離の近さもこの作品の魅力だろう。普通に田舎で生活していたら、まったく接点のない事柄ばかりだろうから。



2023年6月4日日曜日

誕生

 今日、わが町にまた新しいタイプのイベントが誕生しました。

県内の青年会議所が中心となり、地元の基幹企業も加わり、ドローンのショーを目玉とするイベントでした。事前の告知があまりされなかったのは何か理由があるのかわかりません。

定例化するのか否か、わかりませんが、わが町の成長を取り込みたいという青年会議所の意気込みが形になったのかもしれません。催しのテントの多くが、各市の青年会議所でした。本当は各市町村単位で何かイベントを欲しがったのかもしれません。

また、本日、別の場所で開催されていたキッチンカーが連なってイベントを行うマーケットはすでに定例化され、4か所の公園を順番に回る形式となったようです。そのうちの一つに近所の公園も選ばれたようです。キッチンカーの中には、普段は企業のランチを提供しているところもあるようです。

話は戻り、ドローンのイベントは、開催される公園で間近で見るよりも、三井ビルの上から見たほうがきれいかもしれないと思いました。


2023年6月3日土曜日

晩年

 近所のヨークベニマルで珍しいピンクのバラが売られていた。一株500円。残り一株だった。一瞬、買おうかと思ったが、珍しい色だけに株が弱い可能性も考えられたのでやめた。ここ最近は、4株買って2株枯らした。その枯らした2株が再現する可能性を重視した。

結婚するのと同時に買ったユッカの木の株分けが進んでいて、10株以上になっているが、最近は株分けした子株の剪定の段階に来ている。株分けして、分けた子株の先端を切り落として頭打ちすると、その頭打ちした周囲から新たな芽がいくつも出てくる。頭打ちしないと、その先端の一つの芽が延々と上に伸びる。

切り落とした先端も、水につけて置いたり、土に植えたりすれば、それも一株として十分育つのだが、今回、初めて失敗した。しばらく水につけ、その後、土に植えておいたが、切断した根元が腐りだし、青い葉ももろくなって落ちやすくなった。記憶に残る限り、失敗した覚えがない。折れた枝すら株として再生するのに成功していたのに。頭打ちしたほうに、すでにいくつもの新しい芽が出ていることを良しとしよう。

株分けした子株を西側のベランダに並べて西日除けにしている。丈が高くりすぎないように、頭打ちしなければならない株はあと4.5本あるが、育てる鉢の都合もあるし、切り落とした先端は、もう育てるのはやめにしようかな。今回、失敗したことが少し尾を引いている。




2023年6月2日金曜日

時代の変遷

 私がここを始めた時とは、外部環境も、私自身の環境も変わった。

当時は「マネタイズ」という言葉の元、たいして中身があるものもないものも皆、猫も杓子も「換金する」ことに躍起になっていた。少し前のyoutuber/Vtuberを取り巻く状況と同じかもしれない。知らんけど。私はその逆張りを行ったのかもしれない。そして、ある程度、成功したのかもしれない。

最近、心がけていることは、ここをボランティアとみなし、社会に対する無償の善行ととらえていることだ。換金したらいくらになるか、ということを具体的に計算するよりも、よりクオリティの高いものを目指した方が生産的だ。

そして繰り返しになるが、ここ数日来、今、このタイミングで、近所の公園に蔓延しようとしていたアメリカオニアザミを駆除できたことは、金には代えられないだろう。そのうち、どこかの公園で、この外来種の蔓延が問題となったときに、近所の公園についてはごく初期に気づいて駆除できたことが功を奏した、という語り草になるだろう。

それを可能とするには、その植物を見出す行動や観察眼、見たときにリスクを察知する感性、それら以外にも何らかの要素を持ち合わせない限りできないことだろうと自負している。

上の曲は、私とアメリカオニアザミが出会った時のBGM。オフコース/小田和正はそんなに好きではないけど、他に適当なものが思いつかないのでやむを得ず。

(続く)

新聞のコラムの有料化

 ついに我が南日本新聞のコラムをネットで読もうとすると、会員登録が必要になってしまった。裏を返すと、有料化である。

地方紙の中でも、先行するところはすでにあり、経営基盤の弱さを示すものと勝手に思っていたが、ついにその波は我が「故郷の新聞」にも押し寄せて来ていたのか。ネットが紙面の購読に相乗効果があるのではないかという淡い期待を寄せることをやめ、ネットはネットで収益を上げていかなければという方針に舵をきったものと思われる。

新聞にそこに記載された情報以外の用途(紙としての用途)を求めない限り、もう紙面の購読とうのは伸びないのだろう。紙での購読にこだわっていたと思われる高齢者層も、パソコンの画面のほうが拡大して見られるしそっちのほうがよいという判断に変わってきているかもしれない。

テレビの報道が偏向していて信用ならない、それは大手メディアという意味では新聞も同じ、新聞は情報の入手に遅れが生じる、趣味の交流もSNSがメイン、etc.となってくると、情報のやりとりが「草の根」化して、ある意味で「個人が尊重」されてくると、大手のメディアはもう立ち行かなくなるのかもしれない。皆さん、どんな未来が想像されますか?

2023年6月1日木曜日

兄弟平等に。

浪人中の次男が大学生になったら渡そうと思っているものを、ミカン箱段ボールにまとめている。その中に、中国語辞書が入ったカシオの電子辞書もあったのだが、前倒しで渡すことになった。聞いたところ、高校時代から使っているシャープの電子辞書の電池の持ちが悪くなったので、先に渡してほしいとのことだった。 

 他にもいろいろあるが、その中にKT(ケプナー・トリゴー)法のプロジェクトマネジメントの書が3冊とツールがいろいろある。コースターのようなものが2枚あったが、それはすでにマウスパッドとして渡した。しかし、このKT法は今でも米国でどの程度使われているのだろうか、という疑問がある。私はこれらの書籍・ツールは15年くらい前に日立系列の研修で入手したのだが、その後の社会人生活でよく目にしたのは「シックスシグマ」のほうだからだ。大学に入るまでには、渡す価値のあるものか否か、見極めておきたい。

他には、本で言えば「胡蝶の夢」。ハードカバーと文庫本とあって、以前、読んではいないもののハードカバーのほうに興味を示したので、文庫本を渡すことにする。ちなみに長男には「竜馬がゆく」のハードカバーを渡したものの、多分、読んでいないだろう。「胡蝶の夢」と「竜馬がゆく」は同じ時代を表と裏から書いたような形になっている。

もともとは、長男が入院するのにその暇つぶしにと思い見繕って渡していたのを、「兄弟平等に」ということで、次男にも見繕ってみたのが始まり。ともに一浪したのも、幸か不幸か兄弟平等になった。